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第2話
静かで暗い、部屋のなか。その部屋の一角では、キーボードの鳴る音が響き、無機質な光が僅かに辺りを照らしている。俺は毎日この部屋で、所謂人生の春と呼ばれる時期を、無為に過ごしていた。
何も最初からこんな風に過ごしてる訳じゃない。俺だって折角の春を、こんな形で消費するなんて思ってなかった。出来ることなら今からでも、普通に過ごしたい。
だけどそんなこと、過去に戻って一からやり直さない限り絶対に無理だ。本当に、なんであんな大切な時期に俺は熱なんて出したんだろうって、後悔ばかりが募ってく。あの時熱なんて出してなかったら、今頃はみんなと同じ様に、友達とバカやったり、彼女とか作ったり、してたんだろうなぁ。本当に悔やんでも悔やみきれない。
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俺は中学時代まで割と平和に、何事もなく過ごしていた。友達もいたし、勉強もそこそこできた。そこに不満なんて一切なく、漠然と将来は、普通の会社に勤めて、可愛いお嫁さんと結婚して、子どもがいる。そんな幸せな未来を想像してた。あの日までは────
その日俺は38度代の熱を出して寝込んでいた。何時もならそんなに熱が出た日は家で安静にしてるんだけど、その日は俺の志望校の受験日だった。
俺の志望校はそこそこの人気がある学校だったから、恐らく2次募集なんてかけないだろう。その日行かないと、折角今まで頑張ってきた努力が無駄になってしまう。俺はだるい身体を引きずり、頭痛がするのも構わず、何とか会場へと足を運んだ。なんでこんな日に、なんて思ってしまうのも仕方ないだろう。体調管理はしっかりしてきた筈なのに、まさか受験当日に熱を出すなんて、と自分の間の悪さを呪った。それでも何とか頑張って問題を解いたが、フラフラの状態では全力なんて出せず、結果は散々だった。
結局、2次募集している高校に志望校は入っておらず、それどころか偏差値が低く、人気のない高校ばかりが並んでいたため、俺はその中でもマシだと思った高校に入学した。
高校生活は本当に地獄だった。入学式で先輩に目をつけられたせいで、次の日から数多くのイジメを受けた。パシられたり、お金を取られたりするのはまだいい方だった。俺にとっては、殴られたり、恥ずかしい写真撮られて、拡散される方が余程辛かった。
クラスメートや担任なんかは見て見ぬふり。それどころか、乗ってくるやつまでいた。親はそんな俺を見て、情けない、恥ずかしい、自分たちの息子とは思えない、と言って、何もしてくれなかった。
俺は学校に行かなくなった。親とも顔を合わせず、毎日こうしてPCにしがみついている。
「はぁー。なんで生きてるんだろう、俺」
俺がいつものようにPCでゲームをしていると、いきなり着けていたヘッドフォンを取られた。誰だと思って視線を投げると、そこには俺に睨みを効かせた父さんが立っていた。何時部屋に入ってきたんだとか、勝手に入ってくるなとか、色々言いたいことはあるけど、父さんの方から来るとは思わず、驚きの方が勝った。
父さんはとても厳しい人だ。俺がイジメにあってた時、真っ先に俺を情けない、と叱った張本人で、引きこもり始めてからは関わろうともしてくれなかった。恐らく、こんな情けない息子の顔なんて、向こうは見たくないのだろう。俺もそんな父さんのことが嫌いで、引きこもってから向こうが関わってこないのをいいことに、此方も一切顔を見せなかった。
だからまさかこのタイミングで数ヶ月ぶりに父さんの姿を見るなんて、全く予想してなかったんだ。
「……な、なんだよ!勝手に部屋に入ってきて!」
何とか声を出して要件を聞くと、案の定、俺の今の状態について言われた。
「お前は何時までそうやって引きこもってるつもりだ。学校にも行かず、朝から晩までそんなことして……。少しは将来のことも考えろ」
そう言われてムカッとした。だって俺がこんな風になった原因は自分たちにもある筈なのに、なんでそれを忘れて全部俺が悪いみたいに言われなくちゃならないんだ。確かに将来のことも考えないわけじゃない。それでも、俺には現状を何とか打破しようという意思も勇気も持ち合わせてはいない。寧ろその問題から逃げた結果、今部屋に引きこもっているんだ。
「はぁ!?なんで今更そんなこと言うんだよ!ずっと放っておいた癖に!俺の気持ちも少しは考えろよ!」
「お前の気持ちも考慮して待ってたんだ。この部屋から出てくるのを。…だがいくら待っても出てこなかった。だから今言いに来たんだ。そうやって問題を先延ばしにしていても何も変わらないぞ」
「だから何だよ!俺だってやりたくて今の生活してる訳じゃない!どうしようもないから仕方なくしてるんだ!もうほっといてくれよ!仮に今学校へ行ったとして、どうせまた同じことを繰り返されるだけなんだから……」
段々と悲しくなってきて、最後の方は声が小さくなったけど、父さんには聞こえているだろう。
あんな辛い思い、もう二度としたくない。そんな思いを込めて父さんを見る。もう行かなくていいなんて、そんな言葉は期待してなかったけど、もう少しこのままにしておいてくれることを期待して…。
「……兎に角、明日からはちゃんと学校に行きなさい。担任の先生にはちゃんと言ってあるし、向こうも注意してくれるそうだから」
しかし、父さんの口から出た言葉は俺の期待を裏切った。俺はまるで処刑宣告された犯罪者のように、父さんの話を呆然と聞いていた。話の内容は全く頭に入ってこなかったが、これからまた、あの地獄が始まるのだということは、はっきりと分かり、絶望した。
気づいた時には、父さんは俺の部屋からいなくなっていた。
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次の日から俺の地獄は始まった。初日はまだマシだった。俺が来ることなんて誰も予想してなかったから、先輩達にも会わなかったし…。
だけど、誰かが先輩達に言ったみたいで、わざわざ教室まで押しかけてきた。
「よぉ榎本。久しぶり」
「榎本~。どうしたんだよ~いきなり学校来なくなって。心配したんだぞ~」
「そうだよ。なんかあったら言うんだぞ~。なんたって俺たち、友達だもんなぁ~」
「あ、そうだ榎本。俺たち喉が乾いたんだよ。買ってきてくれないか?友達の頼みなんだから聞いてくれるよな」
3人はそう言いながらニタニタした顔で俺を見てきた。それを見て悟った。嗚呼、やっぱりこうなるんだなって。今更抵抗を見せたところでなんの意味もない。逆にもっとイジメが過激化するのだろうと思うと、抵抗する気も失せる。半ば諦めのような気持ちで、俺は先輩達の奴隷に戻った。
毎日のように昼間はパシられ、放課後はあいつらの玩具にされた。後でわかったことだが、俺が学校に来ていると先輩達にバラしたのは、俺が居ない間にイジメられていた奴だった。俺が居ると伝えれば、先輩達の標的が自分じゃなく、俺に戻ると思ったのだろう。実際そうなったし…。そう思う気持ちは分かる。もし俺がそいつの立場なら絶対に言ってるし…。だけどやっぱり恨まずには居られない。もしそいつがバラさなかったら、もしかしたら俺は、今でも平穏な学校生活を送れていたかもしれなかったから。
時が経つにつれて、先輩達のイジメも益々エスカレートしてきた。その頃になると、なんで息をしているんだろう。そもそもなんで生まれてきたんだろう。そんなことを毎日のように思うくらいには、俺の心は限界だった。
いつ死のうか、どうやって死のうか、なんなら皆に後悔させられるような死に方がいいとまで考えていた。
そんな時、そいつに出会った。
「やぁ、榎本 亮太 くん。そんなに生きるのが辛いなら、僕が君になってあげるよ」
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