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理解が、追い付かなかった。
「……冬樹の、弟君?」
──待て。
──どういうことだ。
──待て、待て待て。
グルグルと、頭の中を高速で単語が飛び交う。
──冬樹の弟君は、役者だったのか?
確かに、冬樹と似て整った顔立ちではあった。
だが、冬樹の弟君の名前なんて、仕事現場や同業者から聞いたことがない。そもそも、冬樹もそんなことは言っていなかった。
冬樹は死ぬ前日、聞いてもいない弟君の話をあれだけしてきてたんだ。役者なりモデルなりをやっているなら、俺にとっても同業者なんだから、自慢げに話してくるはずだろう。
当然の疑問に気付いたのか、マネージャーは続けた。
『あの日のうちに目星は付けていたんだがな? 葬式の二日後、くらいだったかな? 思い切って、スカウトしてみたんだよ』
「は? スカ、ウト……ですか?」
『おう、スカウト。そしたら、一発でオーケー貰っちゃったんだよな~! もう、すぐに実家から引っ越す準備を始めるって言ってたぜ! 顔合わせが今日からなんだけど、お前も来るだろ? ……って、当たり前か。お前の仕事でもあるんだしな! ハハッ!』
「いや、ちょ──」
『今日の仕事の概要はさっきメッセージで送っといたから、目を通しておけよ! と言っても、前に連絡してたのとそんな変わってないけどな? ……とりあえず、今日は絶対遅刻すんなよな~!』
マネージャーは、言いたいことを言い終えたらしい。言い終わると同時に、引き止めることすらできない速さで、通話を切ったのだから。
通話が終了したことを告げる、無機質な音。スマホから響く虚しい音を聞きながら、俺は思わず腕をダラリと下げた。
……どういう、ことだ? 冬樹の代わりに、冬樹の弟君が撮影をするって? なんでだ? そんなこと、瞬時に『なるほど!』と理解できるわけがない。
……冗談、だよな?
マネージャーの言っていた言葉を、頭の中で何度も反芻させる。
電話のやり取りを数回思い返し、俺はやっと理解した。
──今日、冬樹の代役として冬樹の弟君が撮影に来る。
──うちのマネージャーが、弟君をスカウトしたからだ。
理解すると同時に、言いようのない【怒り】と【疑問】が沸き上がってきた。
怒りは勿論、マネージャーに対してだ。
事務所からしたら、確かに冬樹は【ただのビジネスパートナー】だろう。それは文句を言うようなことではないし、当然の評価だ。なにも言えない。
だが、問題はそこにある。
──死んだ冬樹の代わりを、残された遺族にお願いするか?
──不謹慎だと思う俺が異質で、変なのかよ?
怒りと同時に湧き上がってきた【疑問】は、そのことだ。
──どうして弟君は、不謹慎極まりないそのスカウトを、引き受けたのか。
その理由を、自分なりに考えてみる。
──実は弟君も、俳優志望?
だったら納得するが、冬樹はそんなこと、言っていなかった。
もしかしたら、冬樹が知らなかっただけなのか……それとも、冬樹が知らないうちにそういう気持ちが弟君の中で芽生えていたのかもしれない。
電話のやり取りを理解するも、疑問は残った。
しかしなんにせよ、こうしてはいられない。俺は急いで、出掛ける準備を済ませる。
マネージャーから送られてきた仕事の内容を確認しつつ、俺はマンションを出ようとした。
……だが、その前に。
「──行ってくるな、冬樹」
冬樹がいなくなった、冬樹の部屋。
物悲しい空間に向かって、俺は小さく呟く。
──冬樹の分も、俺がちゃんと……。
──俺が、冬樹にとって大切な弟君を、見ていなくちゃいけないんだ。
俺は駆け足で、マネージャーに指定された現場へと向かった。
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