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2章【親友の弟と再会して、】 1

 情けない話だ。  俺は冬樹が死んでから、仕事がうまくいかなかった。  心ここにあらずで、自分でも引くほど散々な状況。急遽、事務所側から強制的に休みを取らされるほどには、目も当てられない状態だったのだ。  それは、撮影のとき。  ──笑おうとすれば、笑顔でバカげたことを言う冬樹を思い出す。  ──カッコつけたような表情を作ろうとすれば、ヤッパリ冬樹を思い出してしまうからだ。  我ながら、情けない。未だに【同居人の死】という現実を、全く受け止めきれていないのだ。  思うように仕事ができず、事務所からの温情で与えられた休暇。ただ部屋でボーッと過ごすわけには、当然いかない。  俺はついに、冬樹の部屋を片付け始めた。  ──そのうち、親御さんに連絡しないとな。  冬樹の部屋を掃除していると、そんなことを考えてしまう。  アイツの部屋は正直、見ているだけで情緒不安定になりそうな内装だ。  統一感なんて概念は【欠如】どころか【皆無】。色やデザインがバラバラのインテリアが、所狭しと並んでいた。  しかし、これらは全て……言ってしまえば冬樹の【遺品】だ。  ……死の、前日。実家に帰る前の冬樹が荒らした、グチャグチャな部屋。  『帰ってきたら片付ける』と約束したのに、それは果たされることがなかった。結果、俺が片付けているというのが現状だ。  ……まぁ、アイツの頭に【計画性】って単語が無いのは、いつものことだったか。  ため息を吐きつつ、俺は掃除を続けた。  * * *  事務所から休暇をもらい、数日後。  俺はなんとか気持ちの整理もついて『そろそろ仕事に復帰できそうだ』と思い始めていた。  それは、冬樹の葬式から三週間経った日のことだ。俺は事務所のマネージャーに『もう大丈夫です』といった旨を伝え、今日から仕事復帰。  出発するその前に、冬樹の部屋で片付けるべき箇所はもう残ってないか、最後の確認をする。仕事が始まったら、ゆっくり片付けなんてできやしないからだ。  ──復帰して、仕事もプライベートも安定して、いつもの俺に戻った後。  ──その後で、親御さんに連絡しよう。  仕事さえこなせれば、もう大丈夫だろう。サイアクな出会い方をしてしまった親御さんとも、普通に話せるはずだ。  そんなことを考えている俺のスマホに、マネージャーから電話がかかってきた。  ──今日の仕事に関する打ち合わせか?  そう思った俺は、抵抗なく電話に出た。 「はい、火乃宮です」 『火乃宮。月島が撮る予定だった再現映像の件、覚えてるか?』 「冬樹の? はい、勿論です」  挨拶もなしの、急な話題だ。  ──もしかして、それを俺にやらせるって話か?  温情で、休みを貰った。つまり、大きな恩義がある。無論、拒否する理由はどこにもない。  ましてや、冬樹のやろうとしていた仕事だ。温情云々がなくたって、選択肢はひとつだけだろう。  冬樹の部屋にあるベッドに腰掛け、相槌を打つ。 『代役が見つかったんだよ。お前、いったい誰だと思う?』 「俺ですか?」  しかし……。  ──マネージャーの言いたいことは、俺の想像とは違っていたらしい。 『ハハッ、違う違う! ホラ、月島の葬式でいただろ?』  俺じゃなくて、葬式の時にいた別の誰か?  確かに、役者経験のある若手はそこそこ出席していた。……だが、いったい誰だ? パッとは核心的な相手が思いつかない。  それでも何人か、記憶の中から候補を選ぶ。  すると。  ──マネージャーは、驚きの人物を口にした。 『──月島の弟だよ!』

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