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 冬人君は俺から視線を外すと、もう一度監督を見た。 「完成のイメージは分かりました。貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございます」  冬人君は小さく、監督に頭を下げる。  頭を上げた後、少し離れたところにあるイスへ向かい、その上に座った。  イスの上にはカバンがひとつ、置いてある。たぶんそのカバンは、冬人君の物なんだろう。イスに座る前、迷うことなく抱え上げたのだから。  冬人君はカバンの中から今日の台本を取り出して、目を通している。おそらく、オファーされた時にでも渡されていたんだろうな。  ……それにしても、死んだ兄貴の代役か。  俺は今日の撮影の内容を、前から聞いていた。だからこそ、全容を分かっている俺に代役が回ってきてもおかしくないと。そう、本気で思っていたんだが。  選ばれたのは、弟である冬人君だ。  ──いったい、どんな気持ちでここに居るんだろう。  冬人君は眉間にシワを作って、不機嫌そうな顔をして台本を見ている。  マネージャーの話が本当なら、この場にいるのは冬人君の意思。死んだ兄貴の代役なんかを即オーケーするなんて、どういう心境だ?  今から俺は、冬人君と同じ現場で働く。それなのに、相手の気持ちがまるで分からない。  不可解な気持ちを抱いてはいるが、悩んでいたって仕方ないだろう。  俺も冬人君に続き、監督と今日の撮影の話をした。  * * *  今日の仕事は、短いドラマの撮影。  バラエティ番組に送られた【視聴者の実話】を基にした、よくある再現ⅤTRの撮影だ。  その番組はテーマを決めて視聴者から実話を募集し、面白かったり映像にし甲斐のある内容だったら、再現映像を撮る。  そして、その再現映像を番組に出演している芸能人が見て、話題を広げる。……これから撮影する映像の使われ方は、そういう感じだ。  そして今回、再現VTRを撮るのが俺と冬樹──の代役である、冬人君の役目。  俺は最終確認も兼ねて開いていた台本を、パタンと閉じる。  監督と完成イメージの話し合いを終わらせた後、冬人君の隣に座ってみるも、会話は無し。  時間になるまでただ台本を読んだり、撮影の準備をしているスタッフを眺めたりしていただけ。  そんなに長い時間は経っていないのに、なんだか息苦しい。  ……だが、それもそうかもしれない。 「…………」  黙って隣に座っている、冬樹によく似た男。そんな相手がすぐ近くに居るのに、会話すらできていないこの状況。  ──冬樹じゃないのは、分かっている。  それでも、複雑な気持ちになってしまう。  ……ダメだな。『別人だと分かっている』とか言いながら、イヤに感傷的じゃないか。  チラッと、もう一度だけ冬人君を見る。  顔の造形は、ヤッパリ冬樹に似ているな。違いと言えば、眉間のシワと目付きか? 鼻の形とか、唇の形も似ているし。他に目立つ違いは、そうだな……?  そこで、ついに。  ──冬人君を見た時の、違和感。  ──その正体に、気付いた。  思わず『そうだ、分かったぞ!』と言いそうになるが、なんとか言葉を飲み込む。  ──そうか!  ──【前髪】だ!   前髪の分け目が【同じになっている】こと。  それが、冬人君に抱いた【違和感】の正体だった。

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