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 それから、マネージャーと冬人君と俺で、事務所に向かった。無論、今後の話し合いをするためだ。  立派に【話し合い】と銘打っても、大したことじゃない。  俺は、今まで放っておいてしまった仕事の埋め合わせのため、今後はハードスケジュールになるということ。  冬人君の方は、これから売り込みのために、色々な仕事をしてもらうという話。  宣材写真の撮影や、冬樹がやっていた仕事の復習などが、冬人君との話し合いの主題。  ……どうにも、俺には【冬樹の代わり】といったふうに聞こえたんだが。  しかし、冬人君は終始、気難しい顔のままだった。たまに相槌を打っても、素っ気無い。  ……ヤッパリ、冬樹とは違う。明らかな【別人】だ。  やっと、心の中でも頭の中でも、冬樹と冬人君を割り切ることができたらしい。安心だ。  話し合いが始まって、一時間後。俺は、マネージャーと話し合いの終わった冬人君を連れて、事務所を後にしていた。 「「…………」」  エレベーターの中でも、冬人君はなにも喋らない。  だが、撮影現場での無言とは違う。おそらくだが、余程、さっきの撮影が悔しかったんだろう。  大した量の台本ではないが、きっと何度も読み込んでたはずだ。役を交代しても、俺のセリフを一言一句間違えずに暗記していたのだから。  きっと冬人君は、亡き兄の仕事をキッチリやり遂げたかったんだろう。真意は分からないにしても、それだけの熱量を持って仕事に臨んでいたのだから、あの結果は悔しいに違いない。  エレベーターから降りて、俺はやっと冬人君に声をかけた。 「あんまり落ち込むなよ。最初から全部上手くいったりする奴なんて、いねぇんだからさ」  冬人君の肩を叩くと、ビクッと震えられてしまう。  ……驚かせてしまったのか。つまり、今のも馴れ馴れしかった、ということだろう。いくら冬樹の弟だからと言っても、同じ扱いをしないように気をつけなくては……。  結局今日は、二人で並んで歩いても、一緒の現場に居たとしても……冬人君のことは、なにも分からなかった。  ──どうして、冬樹の代役を快諾したのか。  ──どうして、この事務所に所属する決意をしたのかすらも。  大事なことが、なにも分からないままだ。  ぼんやりと考え事をしながら事務所の外に出て、家に帰ろうと歩く。  だが、ふと気付いた。  ──なんか、さっきから冬人君が……ついてきている、ような?  試しに、立ち止まってみる。すると、数歩分の距離を保って後ろを歩く冬人君もまた、ピタリと立ち止まった。  ……俺の中の疑惑が、確信に変わった瞬間でもある。 「えーっと? ……もしかして、ついてきてんのか?」 「っ!」  冬人君は、小さく驚いた反応をした。  しばらくの、沈黙。  ……せめて、答えがほしい。『イエス』か『ノー』で言えるだろう、これくらい。  次はなんと言えばいいのか、俺は悩んだ。……が、先に口を開いたのは冬人君だった。 「火乃宮さんに、お願いがあります」 「は? 俺に『お願い』だって?」  冬人君の、絞り出したような声。  体ごと、グルリと振り返る。そうすると、冬人君は俯いていた。  どことなく気まずそうに瞳を伏せる冬人君を見て、俺は理解する。  ──もしかして冬人君は、道が分からないのか?  マネージャーとの電話を、瞬時に思い出す。確か冬人君は『実家から引っ越す準備を始める』って言ってたんだっけか。  そう考えると、引っ越してきたばかりなのだからこの辺りの道が分からなくて仕方ないだろう。むしろ、当然だ。  なんとなく、冬人君の言いたいことを察する。あとは、冬人君自身の言葉を待つだけだ。  続く言葉はおそらく、二択。  道案内を頼まれるか、行き先までの道順を口頭で説明すること。  ……だが。  ──冬人君の口から出てきた言葉は、俺の想像とは全く違う内容だった。 「──私を、火乃宮さんと一緒に住まわせてほしい」  予想外の言葉に。  俺は、言葉を失くしてしまった。 2章【親友の弟と再会して、】 了

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