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3章【親友の弟と同居を始めて、】 1
冬人君は眉間にシワを刻んだまま、真剣な目で俺を見ている。
『住まわせてほしい』って、言ったのか? 誰を? ……冬人君をか?
いったい、誰の家に? 俺の部屋?
──なんで?
俺と冬人君は、ほぼ初対面。それでいて『嫌われている』と思っていた相手からの、唐突な頼み。この状況を前にして俺の思考が停止しかかるのも、仕方がないだろう。
十一月の冷たい風が、俺と冬人君の髪を揺らす。
「兄の使っていた部屋でいい。必要最低限の物は郵便局に留めてある。それをこれから取りに行くところだから、なにも問題はないと思う。だから、私を兄の──」
「い、いやいや! ちょっと待て!」
必死に説明しようとしてくる冬人君の勢いを、思わず制止させる。
「なんだって、わざわざ俺の部屋なんかに来たがるんだ? 俺たちはほとんど初対面だぞ? 普通に考えて、突拍子なさすぎるだろ?」
「そ、れは……っ」
至極当然な問いに、冬人君は一瞬たじろぐ。
……なんで、冬人君が動揺してるんだ?
俺の問いかけは正しいし、たぶん相手が俺じゃなくてもこう言ったはず。とどのつまり、俺の発言はどこから見ても正しい。
そしてそれを逆に捉えるのならば、冬人君は……怪しい、ということになる。
──なにか、狙いがあるってことか?
言葉を詰まらせる冬人君は、なかなか真意を答えてくれない。ならば、自分で考えてみよう。
例えば、そうだな……? 冬樹が使っていた部屋に、冬樹の親御さんは入ったことがない。
……ということはもしかして、遺品を引き取るって話か? おそらくこれが一番、確率の高い話だろう。
……だが、だとしてもおかしい。それなら、わざわざ『住まわせてほしい』とか言わないだろ?
冬人君は慣れないことばかりで、テンパっているのかもしれない。
そう思い、俺は自分が思う【助け舟】を出すことにした。
「冬樹の遺品だったら、普通に持ってっていいぞ。ってか、それが当然だろう?」
相手は冬人君──つまり、冬樹の家族だ。遺品を引き取るのも、ましてや引き渡すのだって、当然のことだろう。
それに俺は、帰ったら冬樹の親御さんにその話で電話をかけようと思っていた。自分本位な言い方をするのならば、冬人君の申し出は正直なところ、丁度いい。
……だが。
「それ、だけじゃなくて。……住まわせて、ほしいと、言っています」
冬人君の歯切れは、今も悪い。
「だから、初対面の相手にどうしてそんなこと言うんだよ。そんなことを頼んでくる理由はなんなんだ?」
冬人君は、俺の問いに俯く。
「……兄、と」
さっきまではまるで、捲し立てるように喋っていた。
それなのに、冬人君は途端に声を小さくする。
「兄と、生活していた人が。どんな人なのか、気になった。……から?」
「いや、俺に疑問形で言われても……」
「待って! ……くだ、さい。私、は……っ」
俯いていた視線を、少しだけ俺に向ける。
撮影現場での不愛想な表情ではなく、少しだけ切なそうな……。そんな目を、冬人君は俺に向けている。
「私は、過去の兄は知っている。沢山、知っている。けれど、最近の兄は知らない。ここ数年の兄は、知らないから。だから……っ」
……ふぅむ、なるほど? つまり、こういうことか?
「──最近の冬樹を知りたいから、最近まで冬樹が居た場所で生活したい。……ってことで、合ってるか?」
俺の憶測を聞いて。
冬人君はほんの少し考えてから、頷いた。
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