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そういうことなら、抵抗が全くない。
……というわけでもないが、断るのはなんだか、可哀想な気もする。
冬人君はもう、冬樹との思い出が増えない。ならばせめて、俺が知っていて家族が知らない冬樹の話をするのも、大事なことなのだろう。
それに、冬人君も冬人君なりの考えがあって、こんなこと言っているに違いない。見ず知らずの人と一緒に暮らすなんて極論は、かなり勇気の要る話なはずだ。
どことなく釈然としないが、俺の返答はひとつ。
「分かった、いいぞ」
「っ!」
さっき頷いてから、冬人君はそのまま俯いていた。
しかし、俺の返事を聞いた冬人君は、勢い良く顔を上げる。額には、ほんの少し汗をかいているようだ。
……緊張、したんだろうか?
撮影現場でさえ緊張した様子を見せなかったのに、なんだか不思議だな。
「よしっ。……とりあえず、先ずは郵便局か。どこの郵便局だ?」
「は?」
冬人君は、訝し気な目で俺を見てきた。
……イヤ、なんでだよ。その反応は違うだろうが。
「『必要最低限の物は郵便局に留めてある』って言ってただろ? じゃあ先ずは、それがないと生活できないだろ? だから、今から荷物を取りに行くぞ」
俺の言葉を聞いても、冬人君の目つきは変わらない。
「マンションの住所は以前、兄から聞いている。だから、私は一人でも火乃宮さんが住むマンションへ行ける。……と、思うのだが」
つまり、一緒に行動する意味が分からない。……って、ことを言いたいんだろうな、たぶん。
訝しみ、要領を得ないといった顔。困惑する冬人君を見て、俺は思わず笑ってしまう。
「ははっ! なに言ってるんだよ。最終的な目的地は同じマンションなんだから、一緒に行動すりゃいいだろ」
「迷惑は、かけられない」
「いきなり『同居してほしい』って頼んできたのにか? 変な奴だなっ」
後ろをついて歩いていた冬人君の隣に、並んで立つ。
「俺たちは、これから一緒に生活するんだろ? なら、もう少しお互いのことを知ろうぜ。だから、俺たちは今から身の上話とかをして、歩く。それなら、俺の迷惑じゃない。理にかなっている。……違うか?」
一緒に暮らすのは、若干早計な気もする。
だが、相手は冬樹の弟君だ。それなら大丈夫だろう。奇妙且つ変な信頼感が、冬人君にはある。
……そもそも、あのとんでも人間冬樹と一緒に暮らせたという実績が、俺にはあるんだ。常識人っぽい冬人君と暮らす方が、難易度はイージーな気もする。
ならもう、深く考えなくたっていいか。
──どうせだったら、冬樹の代わりに面倒を見てやろう。
──ついでに、気になっていることも訊けばいい。
そんな軽い気持ちで、俺は冬人君に笑みを向けた。
「すみません。お手数をおかけします」
「そんなにかしこまんなくていいっつーの! ホラ、行くぞ?」
小さく頭を下げた冬人君の背中を一度、ポンと叩く。
それから、すぐ。
冬人君から目当ての郵便局を教えてもらい、俺たちはその郵便局に向かって、歩き出した。
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