69 / 87

7 : 13

 冬人の頭に置いていた手を、顔を撫でるように動かす。  そのまま、冬人の頬に添えてみた。 「平兵衛、さん?」 「冬人」  頬に手を添えて、冬人に顔を近付ける。  その意味に冬人が気付いたのか、最初は不思議そうな顔をしていたのに……。 「あっ。……えっ?」  突然、ピクッと跳ねた。  冬人は困惑したような声を漏らし、視線を彷徨わせる。 「え、っと。平兵衛さん、これは……っ」 「なんだと思う?」 「なにって、それは……っ」  親指で冬人の目元を撫でると、冬人は驚いたように目を震わせた。  だが、すぐに……。 「てっ、手早く、頼む……っ」  そう言い、力強く目を閉じた。 「なんだそれ、可愛いなぁ」  意味が本当に分かっているのか、それともヤッパリ分かっていないのか。素直に、それでいて力強く目を閉じる冬人が、どうしたって可愛く見える。  ──好きな人のこんな顔を見たら、誰だって……。 「──火乃宮ァアアッ! テメェッ、どこ逃げやがったァアッ!」  即座に、俺と冬人は距離を取る。効果音を付けるのなら『バッ!』というくらい、瞬時にだ。  マネージャーが咆哮のような怒鳴り声を上げて、俺を探しまわっているらしい。マネージャーの声が聞こえて、俺と冬人はお互いにお互いから距離を取った。  心の中で、このタイミングに文句と称賛の声を上げる。お預けをくらったような残念すぎる気持ちもモチロンあるが、場所も場所だ。……そもそも、やはりこういったことはムリヤリするべきことじゃないしな。  俺はいろいろな気持ちを込めて、自分の頭を乱暴に掻いた。  そもそも、だ。マネージャーがあんなに鬼気迫る勢いで俺を探しているのは、純粋に俺が逃げたのが悪い。 「あ~……。説教、受けてくるわ」 「待ってほしい。……お詫びがまだ、決まっていない」 「お詫び、お詫びなぁ……」  正直、キスどころかそれ以上のことをしていただきたいところではある。だがさすがにそんなことは頼めないし、頼んでいい関係でもない。そんなことは、俺が一番分かっている。  そもそも【お詫び】という気持ちにつけこんでそんなことをしたら、それこそレイプの二の舞だ。  ……マネージャーには、感謝しかないかもしれない。おかげで、キスは未遂で済んだ。 「じゃあ……今度休みが合った日にマンションの周り案内をしてやるから、できる限り覚えてくれ」  立ち上がって、冬人に背中を向ける。  当然、冬人は不可解そうな反応を示す。 「なにを言っている? そんなものは、お詫びにならない」 「なら、言い方を変える。……今度の休み、俺とデートして」  ……せめて、これくらいならさせてくれ。  その日に、ウソを『ウソだった』とちゃんと告白しよう。そして、玉砕覚悟で……改めて、自分の正直な気持ちを告白する。  ──それで、ケジメをつけよう。  頭の中で、お互いに予定を書き込んでいるカレンダーを思い出す。 「確か来週なら、お互いに休みだったよな」 「確かに、そうだが。……だが、やはり私は──」 「じゃあ、来週のお前さんを俺が予約したってことで」  冬人の返事も待たず、手をヒラヒラと振って歩き出した。 「予定、絶対空けとけよ」  俺が去った後……。  しゃがみ込んでいた冬人が、ペタリと尻もちをついた。 「──『デート』と、言ったのか……っ?」  そう呟いた時、冬人がどんな顔をしていたのかを……俺は、知らない。  なぜなら……。 「──火乃宮ァア……ッ!」  目の前に立っている悪鬼顔負けのマネージャーに、ある意味釘付けであったからだ。 7章【親友の弟がよそよそしかった理由は、】 了

ともだちにシェアしよう!