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冬人の頭に置いていた手を、顔を撫でるように動かす。
そのまま、冬人の頬に添えてみた。
「平兵衛、さん?」
「冬人」
頬に手を添えて、冬人に顔を近付ける。
その意味に冬人が気付いたのか、最初は不思議そうな顔をしていたのに……。
「あっ。……えっ?」
突然、ピクッと跳ねた。
冬人は困惑したような声を漏らし、視線を彷徨わせる。
「え、っと。平兵衛さん、これは……っ」
「なんだと思う?」
「なにって、それは……っ」
親指で冬人の目元を撫でると、冬人は驚いたように目を震わせた。
だが、すぐに……。
「てっ、手早く、頼む……っ」
そう言い、力強く目を閉じた。
「なんだそれ、可愛いなぁ」
意味が本当に分かっているのか、それともヤッパリ分かっていないのか。素直に、それでいて力強く目を閉じる冬人が、どうしたって可愛く見える。
──好きな人のこんな顔を見たら、誰だって……。
「──火乃宮ァアアッ! テメェッ、どこ逃げやがったァアッ!」
即座に、俺と冬人は距離を取る。効果音を付けるのなら『バッ!』というくらい、瞬時にだ。
マネージャーが咆哮のような怒鳴り声を上げて、俺を探しまわっているらしい。マネージャーの声が聞こえて、俺と冬人はお互いにお互いから距離を取った。
心の中で、このタイミングに文句と称賛の声を上げる。お預けをくらったような残念すぎる気持ちもモチロンあるが、場所も場所だ。……そもそも、やはりこういったことはムリヤリするべきことじゃないしな。
俺はいろいろな気持ちを込めて、自分の頭を乱暴に掻いた。
そもそも、だ。マネージャーがあんなに鬼気迫る勢いで俺を探しているのは、純粋に俺が逃げたのが悪い。
「あ~……。説教、受けてくるわ」
「待ってほしい。……お詫びがまだ、決まっていない」
「お詫び、お詫びなぁ……」
正直、キスどころかそれ以上のことをしていただきたいところではある。だがさすがにそんなことは頼めないし、頼んでいい関係でもない。そんなことは、俺が一番分かっている。
そもそも【お詫び】という気持ちにつけこんでそんなことをしたら、それこそレイプの二の舞だ。
……マネージャーには、感謝しかないかもしれない。おかげで、キスは未遂で済んだ。
「じゃあ……今度休みが合った日にマンションの周り案内をしてやるから、できる限り覚えてくれ」
立ち上がって、冬人に背中を向ける。
当然、冬人は不可解そうな反応を示す。
「なにを言っている? そんなものは、お詫びにならない」
「なら、言い方を変える。……今度の休み、俺とデートして」
……せめて、これくらいならさせてくれ。
その日に、ウソを『ウソだった』とちゃんと告白しよう。そして、玉砕覚悟で……改めて、自分の正直な気持ちを告白する。
──それで、ケジメをつけよう。
頭の中で、お互いに予定を書き込んでいるカレンダーを思い出す。
「確か来週なら、お互いに休みだったよな」
「確かに、そうだが。……だが、やはり私は──」
「じゃあ、来週のお前さんを俺が予約したってことで」
冬人の返事も待たず、手をヒラヒラと振って歩き出した。
「予定、絶対空けとけよ」
俺が去った後……。
しゃがみ込んでいた冬人が、ペタリと尻もちをついた。
「──『デート』と、言ったのか……っ?」
そう呟いた時、冬人がどんな顔をしていたのかを……俺は、知らない。
なぜなら……。
「──火乃宮ァア……ッ!」
目の前に立っている悪鬼顔負けのマネージャーに、ある意味釘付けであったからだ。
7章【親友の弟がよそよそしかった理由は、】 了
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