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しかし、驚いている冬人はヤッパリ可愛いな。
……ヨシ。ここはひとつ、口説き文句のひとつでも囁いてみるか。
そうと決めた俺は、抱き上げた冬人の耳に唇を寄せた。
「──冬人は軽いな。羽根がはえてるみたいだ」
「──人間から羽根がはえているわけがないだろう」
不発。しかも、頬をぺちっと叩かれるご褒美──ではなく、お仕置き付きだ。
……おかしいな。冬樹はドヤ顔でそう言いながら俺を抱き上げて床に突き落としていたモンだから、てっきり月島家はこのワードが好きなのかと思ったのだが。やはり冬樹と冬人はまったく違うらしい。
「まぁ、冗談は置いといて。……どうだ、冬人。俺のお姫様になったご感想は?」
「これが【姫になる】ということなのか? 文字通り地に足がついていなくて、落ち着かない」
「もっとロマンチックな感想を頼む」
「ロマン、チック。……平兵衛は力持ちだな」
「そういう物理的な感想じゃなくて……ッ!」
俺のお姫様がリアリストすぎてつらいぞ。……そんなところも可愛いが。
しかし、冬人は全然俺に腕を回してくれないな。胸の前にある手がなんだか強張っているようにも見える。
……ここは、多少強引にでも腕を回させてみようか。
「ヨシ! 冬人、今から俺は恋人兼アトラクションだ!」
「はっ? アト……なにを言って──うわっ!」
瞬間。
「どうだ冬人! 楽しいか~っ?」
俺は抱き上げた冬人を、左右に揺らしてみせた。
突然揺れ始めた土台に、冬人は大きな声を出して驚き始める。
「やめろ馬鹿っ! 落ちっ、わっ、うわっ!」
「ホラホラ、今度は前後に揺らすぞ~っ?」
「やめっ、わわっ! 本当に落ちるっ! やめて、平兵衛っ!」
「『平兵衛大好き』って言ってくれたら揺するのはやめてやるぞ?」
「平兵衛大好きだ! だからっ、だから上下に振るのはやめてくれっ!」
「『愛している』を忘れているぞ?」
「大好きだし愛しているからっ!」
冬樹、どうしよう。俺の冬人が可愛すぎる。
慌てふためきながら俺にしがみつく冬人は、とてつもなく情熱的に愛の告白をしてくれた。……アトラクション冥利に尽きるな、コレは。
冬人はセックスのときにしかしないような呼吸の乱し方をしつつ、キッと俺を睨み付けた。
「あなたは、本当に……っ! もっと大人な人だと思っていたのに……っ!」
「ははっ! 惚れ直しただろう?」
「恋人を前後左右上下に振り回す男のどこに惚れ直す要素があると──わっ、やだっ! 好きって言ったらやめてくれるって言ったのにっ!」
子供っぽい喋り方になりつつ、冬人は必死になって俺の服を握っている。
俺が揺するのをやめると、冬人はまたしても鋭い視線で俺を睨んできた。
「馬鹿! あなたなんて、きっ、きら……っ! ……嫌いでは、ないが。あなたのことは好きだが、こういうのは困る……っ。怪我をしたらどうする、馬鹿」
「俺が冬人を落とすワケがないだろ? 大事なお姫様だからなっ」
「私は【姫】ではなく、あなたの【恋人】だ。……姫呼びは、関係性が遠くなったみたいで少し、嫌だ。……寂しい」
「──冬人、愛してる」
「──なぜこのタイミングで言う?」
依然として眉を寄せたまま、冬人は俺を見上げる。
「平兵衛、私は怒った。だから、あなたに仕返しをする」
「なんだ? お前さんが俺を抱き上げてくれるのか?」
「それは物理的に不可能だ。あなたに怪我をさせると分かっていることはしない」
そう言うと、冬人は首を伸ばして──。
──カプリと、俺の首筋に優しく噛みついた。
数分前の冬人みたく俺が目を丸くすると、腕の中にいる冬人は口角を小さく上げたではないか。
「これに懲りたら、もうこんな危ないことはするな。……分かったな?」
どこか得意げな冬人を見つめた後、俺は天井を見上げた。
そのまま、吐息交じりに呟く。
「──甘噛みされるのはご褒美です」
「──それはさすがに気持ち悪いぞ」
恋人の可愛さに打ちのめされていた俺は、気付かなかった。
──どれだけ怒っていても、冬人が一度も『降ろして』とは言わなかったことに。
冬人の可愛さにノックアウト寸前だった俺は、気付かなかったのだ。
【親友の弟を不意打ちで抱いて、】 了
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