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第62話

 それは舌打ちとほぼ同時だった。  刹那、槍沢が一総と理一との距離を一気につめて蹴りを繰り出した。 理一は、もはやこうなってしまってはどうしようもないと槍沢の足を受け止めるつもりだった。  けれど、槍沢の足は理一の体に触れることは無かった。 一総が理一との間に入ったためだった。 ――ッチ。  もう一度舌打ちが聞こえる。一総は片腕で槍沢の足を受け止めていた。  そのまま一総は反対の手で槍沢の足をつかむ。  恐らく一瞬のことで遠目にこの騒ぎを見ている者には、何がおこったのか分からなかっただろう。  合気道に近いのだろうか、槍沢の体が半回転して床に強か打ちつけられる。  一総はすぐに槍沢から手を離した。  槍沢は体制を立て直すが、表情は驚愕したままだった。 「さすがですね。御仁を上回るなんて!」 「別に上回りはしないって知っているだろうに、そんなに引っ掻き回したいのかい?」  少女を一総はたしなめる。少女は意に介した風もなくクスクスと笑う。  二人だけが今の状況を分かってる。そんな雰囲気だった。 「そんなことはありませんよ。ただ……。」 「ただ?」 「いえ、ここで言うべきではないですね。あなた方に味方をして欲しいですから。」  場所を移すんですよね。アイラはそう言うと「視聴覚室を選ぶのはいいと思います。あそこ防音ですし。」と付け加えた。  それは、一総が場所を指定する前のことだった。 ◆ 「妹が、本当に申し訳ない。」  道中白崎が一総に謝っている。  雷也も合流しているが、理一をじいっと見ているだけで無言だ。  何やってるんだと叱って欲しかったのかもしれない。理一は内心で溜息をついた。  間違いなく今日のことは実家の父に知らされるだろう。  かなりの確率で実家に連れ戻されるかもしれない。  けれど、理一はそれでも一総は自分と離れることを阻止してくれるかもしれない等と思ってしまった。  彼の作った都合のいい世界を否定したのにこんな時には頼っている。自分でも馬鹿みたいだと思う。  それに、アイラの目的はもう聞いた。これから話す内容の一つもそれだろう。  それのための道具にしていたと一総が気が付かない訳がない。  これからする話を、一総に聞かれることが理一は少しだけ怖かった。

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