86 / 88

番外:恋人(本編終了後編)

「わざわざこんなでかいベッド買わなくてもよかったんじゃ……。」 運び込まれたベッドを前に、理一は一総に言う。 「だって、理一別の部屋で寝ようとするだろう。」 一総は今まで以上に大きいキングサイズのベッドを前に頷きながら答えた。 「そんなもん、わざわざ俺の為に準備しなくてもいいだろう。」 付き合いだす前よく出ていた微妙な敬語もどきはもう理一の口から出る事は無い。 「寝心地いい方がいいだろ。」 俺もお前も割と大柄だから既製品はきついぞと一総は笑う。 「あんたが気に入ったならそれでいい。」 「ああ、もしかして俺を怪我させるなんて心配してるなら、意味ないからな。 そもそも、獲物無しでやりあったら俺の方が強いのは実証済みだろう?」 「まあ、それは分かっているけど。」 そうじゃない。それも無いといえば嘘になるが理一が気にしたのはそういったことでは無かった。 ただ、色恋に長けた一総に自分の気恥しさを説明しても、ただひたすら理一自身の子供っぽさを晒す羽目になりそうでやめる。 理一は諦めてベッドに座る。それから勢いをつけて体を仰向けに横たえた。 「無茶苦茶頑丈だな。異能用?」 「ああ。」 ゴロゴロと転がりながら理一が聞くと一総は答える。 それから一総はベッドの上の理一にのしかかる様に抱き締めた。 「夕飯の準備あるから。」 「分かってる。」 首筋を舐められ理一が言うと一総は軽い調子で今はそこまでしないと言う。 けれど首筋に触れる唇を離す気配は無かった。 付き合う前には無かったこんな戯れが存外理一は好きだった。 セックスは好きか?といえば勿論好きなのだが、それとは違うじわじわと優しい気持ちになる恋人の時間は理一にとってかけがえのないものだ。 その瞬間、理一の衝動はどこかに消えてしまう。 思わず理一は目の前の恋人の髪の毛をかき混ぜるように撫でる。 犬にするようなと形容詞が付きそうな撫で方だったが、生憎理一は動物というものを飼ったことが無かった。 楽しそうに一総を撫でた後二人の目があう。 どちらからという訳では無かった。二人の顔が近づいてキスをする。 もう何度も、それこそセフレだった頃からキスはしていた。 一総の体液は媚薬だ。一時自分だけが熱に浮かされたようになることに引け目を感じていたが、今はもう一総も同じ様に熱に浮かされていることを知っている。 「明日は久しぶりに、海でも見に行こうか。」 キスの合間に一総が言う。 「たまには良いかもしれませんね。」 朝早く出て、途中高速道路のサービスエリアで朝食をとるのもいい。 でも、今はそれよりも……。 理一の瞳がゆらりと紅色に変わる。 鮮やかな赤を見て、一総は笑みを深める。 それは二人がはじめて出会ったときの様な蠱惑的な表情で、理一は思わずごくりと唾を飲み込んだ。 「ばーか。そんなもの欲しそうな顔するな。」 一総はそれだけ言うと、今度は噛みつくみたいなキスを理一に仕掛ける。 「あーあ、今日この後の事なんかどうでも良くなっちゃったじゃないですか。」 されるがままになりながら、理一は腕をベッドに放り出して 「責任とってくれるんだよな?」 と聞く。 「いくらでも。」 一総は余裕の表情でそう言ってのけると、再び、理一の唇を奪った。

ともだちにシェアしよう!