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第8話

家に帰ってからも、ザラザラとした気分は収まりがつかなかった。 別に気にしなければいい。そんなことは良く分かっていた。 だけど、気持ちの切り替えがまるでできそうにない。 後悔の残る立ち合いは沢山あったけれど、こんな風に引きずることなんて一回もなかったのに。 「お兄ちゃんゴメン。」 妹が自室のドアを遠慮がちに開けた。 多分きっと、父に話したのだろう。 当たり前だ。妹は当然のことをしただけだ。 父になんて言い訳をしようと考えなければいけない筈なのに、何も思い浮かばない。 どうせ、滅茶苦茶に怒られるのだ。別に何も考えない方がいいのかもしれない。 ◆ 「春秋、来なさい。」 父に道場に呼ばれたのは夕食の少し前、父が仕事から帰ってきてすぐのことだった。 道場はいつも埃一つなくて空気が澄んでいる気がする。 実際、掃除をするときは隅々までと小さな子供の頃から言われていた。 父に座るように言われ、正座をした。 「学校で試合をしたというのは本当か?」 妹、春香の名前を絶対に出さない辺りが父らしいと思った。 「本当です。」 隠すつもりはなかった。最初からこうなるとちゃんと分かっていた。 百目鬼の所為にするつもりもなかった。それは覚悟してあの場に臨んだのだ。 百目鬼にはそれは何も関係の無いことだけれど、少なくとも俺はそれでいいと思ってあの場にいた。 本来あの試合にはそれだけの価値があった。それを百目鬼は台無しにした。 けれど、それと父とはなんの関係もない。 父との約束とも何も関係が無い。 「申し訳ありませんでした。」 正座をしたまま父に頭を下げる。 もはや土下座に近いポーズだった。 父と約束していたのだ。 勝手に誰かと拳を交えないと。他人に技を使わないことを。 それを初めて今日破った。 それだけのことだ。 道場を破門されるだろうか。それとも父に殴られるだろうか。 「……そうか。」 けれど、父の返事はほぼそれだけだった。 「許しがあるまで、一切の稽古を禁ずる。」 それだけ言うと父は道場から出て行ってしまった。 あまりにあっけなくて、父が何を考えているのか逆に分からなくなってしまった。

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