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第21話
俺は百目鬼という男に随分と前から見られていたらしい。
道場には入れるようになったとはいえ、ランニングも日課だ。
そこに百目鬼がいるかいないかは本来は関係ない。
だけど、そこにいる百目鬼に声をかけ二人並んで走るのももうすでに普通の感覚になってしまっている。
まるでずっと前、子供の頃から朝の日課として二人で走っているような気にさえなる。
「……そういえば、今日から稽古再開するんだ。」
別に百目鬼の所為という訳ではない。自分が選んだ結果の上、その辺きちんと説明していない気もするが一応伝える。
「よかったなあ。」
嬉しそうに百目鬼が笑った。
いっそ無邪気にも見える表情を見て驚く。
そんな風に笑えるのかと、落ち着かない気持ちになる。
ニヤリと笑って下品なことを言われたこともある。試合をした時に好戦的な笑みも見た。
それに照れた様な笑みも見たことがあるのに、その中でもひと際嬉しそうな笑みだった。
「だろ?」
気の利いた返事もできずそう返す。
自分でも馬鹿だと思うが、ふわふわした気持ちでランニングコースを走り終えた。
なんで、百目鬼の笑顔でふわふわするのかは俺自身よくわからなかった。
* * *
単なる口約束なのかもしれないしけれど、再戦のために柔道向けの練習を始めた。
古武術といってもうちの流派は合気道と近い。
空手のような蹴り技もあるので、柔道のルールにのっとって次は確実に百目鬼に勝ちたい。
基本の型を一通りやった後、他の門下生と組手をする。
と言っても広く門下を取っていないうちはそれほど人がおらず、今日ここにいるのは従兄だけだ。
畳の感覚が足にするのは好きだ。
道着に袖を通すのも好きだ。
相手が一歩足を前に出すとそれを受け流すために一歩下がる。
もう体が覚えている稽古を繰り返す。
久しぶりの稽古だからとばしすぎるなと注意されてしまった位ひたすら打ち込んでしまう。
「最後に蹴りの練習でもするか?」
従兄に言われる。道場にこなくなる前に丁度取り組んでいたことだったので、手伝うかということらしい。
基本的に自分で決めた課題をひたすらやるタイプだ。それをカナタさんもよく知っているので、引き続きやるだろ? ってことなのだろう。
「あー、あのならカナタさんにお願いしたいことあるんですけど……。」
もはや幼馴染と呼べる従兄だ。
乱取り稽古をしたいと言ったら。すぐに承諾してくれた。
「他流派との交流の時に柔術の指導も受けてるからある程度は相手できるだろうけど、なんで柔道?」
不思議そうに聞かれるが上手く答えられない。
百目鬼とのことの詳細をほかの人に話す気になれなかった。
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