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第65話
県外にある温泉は割と山の中だった。
周りには目立った観光地も何も無い。山の中にある温泉宿。
冬はスキー場のお客さんでにぎわうらしいけれど、夏は秘湯のような場所らしい。
「近くにスポーツセンターがあるんだ。」
顔見知りらしいおかみさんに軽く挨拶をしながら百目鬼は俺にそういう。
宿の奥には小川が流れていて、露天風呂から見えるらしい。
それから、貸し切り風呂もあると聞いて夕方の時間予約を入れる。
部屋は一番遠いぽつりとした離れだった。
豪華さはないけど落ち着いたいい場所だ。
荷物を置いて、百目鬼を見る。
「ここの宿泊費、俺本当に払えそうなのか?」
百目鬼がまず最初にそれかという。
それ以外に何があるって言うんだ。
女扱いするなと言いそうになってやめる。
そもそも女扱いの意味が俺と百目鬼で違う気がしたからだ。
「大丈夫。ちゃんと半分払ってもらうから。」
百目鬼はそういうとこの話は終わりとばかりに、日本茶を二人分入れた。
日本茶を飲みながら準備されていた栗饅頭を食べる。
栗菓子は自分で買うことはないけれど、こういうところで食べると妙に美味い。
二人きりでまったりと過ごすのはいいな、と思う。
「これ、美味いな。」と百目鬼に声をかけると、その前からこちらを見ていたらしい百目鬼がほほ笑む。
さすがにもう気が付いている。
大体いつもこいつは俺のことを見ているのだ。
それこそ、温泉宿を楽しもうとかアイスを食べようとか、学校で弁当を食べようということよりも俺を見ることに注力している。
いつからなのか。
春香と話していたのは、俺に妙な告白をするより前なのだから、そのころからなのだろうか。
「もっと近くで見るか?」
挑発したはずなのに、言い返されることも威圧感を与えられることも無く、百目鬼が当たり前のように俺の隣に座布団を持ってきて座る。
午前中勝負をしたばかりなのだ。
汗のにおいが少しだけする。
髪の毛を撫でられる。
嬉しくて、甘えたくなる。
自然と目を閉じてしまう。
そんなこと百目鬼の前でしかしない。
唇が触れ合う。
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