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第89話

「満足できなかったか?」 彼が眠らない理由をほかには思い浮かばなかった。 したいことしていいって言ったのに、俺の方が先に音《ね》をあげてしまった。 まだ、性欲が有り余ってるのかもしれないと思った。 百目鬼だけ、まだ悶々としていてもおかしくはないのだ。 「いや。噛みしめてただけだ。」 あり得ないような幸せだったから。と百目鬼が言う。 「別に今日が最後って訳じゃないだろうに。」 何だよ噛みしめるって気恥ずかしい。 そう思いながらも、少し嬉しい。 綺麗な方の布団の脇をちょっと開けて、トントンと指さす。 「噛みしめるならここでもいいだろ?」 それに俺が百目鬼の近くでまどろんでいたいのだ。 百目鬼は静かに俺の隣に横になる。 彼が俺と過ごすことを幸せだと思っていてくれることに安堵する。 噛みしめるような幸せな時間であったら、これほどうれしいことは無いと思った。 今日のことは仕合もここへ来たことも、きっとこれからずっと何度も思い出すだろう。 だけど、今日はもう限界っぽい。 もう、体が重くて、眠くてぼんやりとした頭で百目鬼の後頭部を撫でる。 眠れないときは撫でてやるのが一番だと思う。 そんなことをするのもされるのも、子供の頃の記憶しかないのに、半分寝かけた頭ではよく考えられない。 「ほら、いいこいいこ。」 徐々に、瞼が重くなって、眠ってしまう。 汗のにおいに混ざる百目鬼の体臭が心地よくて、思わず顔を寄せてしまう。 ただ、横にいる、百目鬼があったかくて、いつもよりよく眠れたことだけは確かだった。 百目鬼も同じだったらいいと思った。

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