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第1章 子守唄を歌えない男
一目見られればいいと思った。
十月にしては奇妙に暖かい午後だった。あの人はジャックの手首を掴み、公園から連れ出した。入った車の中ではラジオがかかっていた。
〈二曲続けてお送りしました、ウィークリートップテン。次の曲はポップ界の新星、ニュー・ロメオの「エニーウェア」……〉
「ねえ、ここどこ。お姉さん、誰なの」
幼かったジャックは助手席から相手に訊いたが、答えは得られなかった。
「ねえ、お母さんはどこ」
「母さんはあたしよ」
あの人は言った。それからタバコの灰を窓の外に捨てた。吸ったら身体に悪いってお母さんが言ってたよ、とジャックは思ったが、それは言わなかった。
「あんたが今まで母親だと思ってた奴はニセモノ。あたしがあんたを産んだの。ほら、髪の色も一緒だし、唇の形もおんなじ」
薄茶色の髪、厚めの唇。彼女が言ったことは確かに正しかったが、ジャックの混乱は続いた。この車がどこまで行くのかは分からなかった。
〈ノー、ぼくには解らない 君は一体何から逃げているんだ?〉
甘ったるいポップソングがカーステレオから流れて、二人の会話を乱していた。それは会話らしいものではなかったが。
「けど、あいつに……あんたのばあさんに横取りされた。『ジャックには近づかないでちょうだい』ってね」
彼女の言葉は粗雑だったが、なにか差し迫ったものを感じさせた。
「どうして?」
ジャックは尋ねた。それを聞いて、運転していたあの人の手は止まった。
「……あたしがビョーキだから」
「ビョーキ?お姉さん、病気なの?」
「お姉さんじゃない、母さんよ」
訂正されてジャックは「そう」とだけ答えた。
〈ぼくなら君をどこへでも連れて行くのに さあおいで ぼくと一緒に行こう〉
「ジャック」
あの人はタバコを持った手で彼の頭を抱き寄せた。
「あたしがあんたを守ってあげる、あのろくでもないニセモノの親から」
それを聞いてジャックの目からなぜか涙が流れ出た。ずっと考えていたことが全部繋がって、ある確信を得た気分だった。やっぱり、とか、そうだと思った、とかいう声が彼の中にこだました。
〈なのに君はいつだって 最後には僕の手をすり抜けてしまう〉
「もう怖くないよ、ジャック」
彼が感じていたのは安心感だった。今まで会ったこともない人と同じ車の中にいるのに。
「あたしはあんたを誘拐する。ずっと一緒に行こう」
あの人は言った。
〈なのに幸せはいつだって ぼくの手をすり抜けて行ってしまう〉
カーラジオからは同じポップソングが流れている……確か同じものだ。それが偶然なのかどうか、今の彼には分からなかった。二十五年後、ジャックは同じように車の中にいた。違うのは大人になった彼が運転する側だということと、隣に座っているのはあの人ではないということだった。それと、この車はあの時よりも小さい。
「ジャック」
ハンカチを差し出され、彼は自分が涙を流していることに気付いた。
「ありがとう、リッキー」
外ではざあざあと雨が降っていて、声がかき消されるほどだ。その音にまたジャックの思考は混乱する。
母さん、あなたと一緒に居られたのはほんの少しの間だったけど、僕には忘れることはできない。「病気」がうつったのかどうかは分からない。でもあなたに似たのは、見かけだけじゃなかったらしい。
「リッキー、僕、君を誘拐しようと思う」
ジャックの声は震えた。涙がひとりでに溢れ、頬を伝う。どこからが雨に濡れた部分なのか、分からない。
母さん、僕はどうするべきだったの?
第2章 厄介な子供
ジャック・ダグラスはきれいな人だった。というのも自分の記憶によれば、ということだが……
彼について私が知っていることは、作家だということ、かつて父さんの友人だったこと、それくらいだ。栗色の短い髪、穏やかな切れ長の目、その奥のことはあまり知らない。
父さんの名前はダリウス・グレイ。俳優だ。その顔をテレビで見ない日はない。カラスのような黒い髪と瞳、スーパーヒーローのような体躯ではないが、しなやかで均整の取れた身体。それにアンニュイな表情。テレビドラマでブレイクしてから、いまは引っ張りだこだ。
しかし、彼の家族についてはメディアにもあまり知られていない。シンシア・グレイ、それが妻……つまり母さんの名前だ。彼らの子供が生まれたとき、二人はまだ十代だった。その偶然の産物は、狭いアパートの一室で生を受けることになった。それが私、リッキー・グレイだ。
あらゆる人々が、理由はなんであれ私のことをこう呼ぶ:「厄介な子供」。
まあ夫婦仲も冷え切ったもので、ウェットアイ州のアパートがニューヨーク・グリーンヒルの邸宅に変わったのに比べて、内情はなかなか悲惨と言える。
ただ三年前……父さんがジャックに絶交を言い渡すまでは、状況は少しましだったかもしれない。
彼は素晴らしい作家だ、それは保証する。それに子供の遊び相手としても申し分なかった。私は誰よりも彼に懐いていたと記憶している。ジャックが家に来なくなってから、物事は随分変わってしまった。
そして、ついさっき……私は彼に「誘拐」された。
というのは彼がそう宣言したからなのだが。動機や目的は今のところ不明。久しぶりに見る彼はひどく取り乱していた。そして相変わらずきれいだった。
よく考えると、そもそも私は彼について何も知らないのだ。父さんとの間に何があったのかも。いま分かっているのは、建ってから二百年は経つんじゃないかというこのアパートで、彼は世捨て人のように暮らしてきたらしいということだ。机の上にはタイプライターがあり、コーヒー染みのついたマグカップがいくつか置いてある。百年前くらいからありそうなソファで、彼は私の隣に座り、ぐすぐすと泣いていた。
「どうしよう、リッキー」
こっちが「どうしよう」だよ、と言いたかったが、ジャックを無碍にすることはできない。水でも持ってくるか、と思って席を立つ。彼がいま正常に対話できる状態にあるとは思えないので、動機については追って聞くことにする。
冷蔵庫が見当たらないので(電気は通っているらしい)水道水でもいいから持って行こう、と蛇口をひねると、メキョ、と音を立てて取っ手が外れてしまった。おんぼろのテレビが朝六時のニュースを伝えていた。
「僕は……ダリウスを一目見られたらと思ったんだ。それで、そうしたら、君が……あんなところで……」
彼の言いたいことは分かる。十月九日の夜、もう日付が変わって十日だが、私は大雨の中、ジーンズにジャンパー一枚で門の外に座っていた。
「リッキー?」
聞こえるはずのない彼の声が聞こえて、私は驚いた。車から降りた彼は、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「カギを……カギを忘れたんだ」
家の門の鉄格子の前に座りながら、私はみじめに言った。顔に打ち付ける雨が邪魔で仕方なかった。
「それで……」
「そんなの、そんなの駄目だ」
慌てた声で言って、ジャックは私の腕を掴んだ、ずるり、と服が捲れて、あまり人には見られたくないもの、つまり私が命を絶とうとしたり絶たないまま生きようとしたりした痕、がくっきりと見えた。もともと青白い彼の顔色がさっと変わるのが分かった。
それから彼は私を小さい車の助手席に押し込んで、ドアを閉めた。その間にも雨はざあざあ降っていた。ジャックがよく乗っていた紺色の車を久しぶりに見て、中の懐かしい匂いを嗅いで、思わず泣きそうになった。
彼は泣いていて、私はポケットに入れていたハンカチを差し出した。
「リッキー、僕は、君を誘拐しようと思う」
そして話はふりだしに戻る。
「僕なら君を置き去りにするなんてことはしない、絶対に」
いや、あれはカギを忘れた私が悪いのだ。
「そもそも子供を放ったらかしにして、夜中まで帰ってこないこと自体……」
その時、テレビが新しいニュースを流していた。
『……三歳の娘を衰弱死させ……母親を虐待の容疑で逮捕しました』
ぼろり、とジャックが大粒の涙を流して私はぎょっとした。願わくは彼にはもう泣いてほしくなかったから。
「ごめん、リッキー、でもいつもこうなるんだ
ジャックは涙を拭いながら微笑んだ。
「子供の話を聞くとさ。たぶん、まだ自分がその同類かなにかみたいに思ってるのかもしれないな」
彼は涙の言い訳をするように言った。テレビはすぐに別の、くだらないニュースに切り替わった。感受性が豊かな人だから、テレビの向こうの人にも共感してしまうのだろう。その脆さ、繊細さが、懐かしかった。
「あ、君、まだずぶ濡れじゃないか」
そう言われて私は改めて自分の状態に思い至った。長いあいだ濡れ鼠になっていたせいで、ジャンパーもジーンズも貼りついて気持ちが悪い、と意識したとたんに感覚が戻ってきた。
「そうだ、リッキー、買い物に行こう」
「は?」
「君、靴もぼろぼろだし、ちょうどいいや」
「え?」
ジャックは急ににこにことしていた。私は訳も分からず、ただジャックが笑っていることだけに反応して、微笑み返した。自分の笑い顔は嫌いだったが。
それから家を出るまでに、彼は丁寧に私の腕を手当てした。これまで医務室の先生や、誰にもされたことのないやり方で。そうされて、自分の手も喜んでいるように思えた。その間、彼は何も言わなかった。淡々と目を伏せて包帯を巻いていた。
「もうしないっていう約束をしてほしいわけじゃない。ただ、君がいま大丈夫かどうか、確かめたいんだ」
終わってから彼は言った。ジャックの言葉はいつも的確だった。他の人が言うことみたいに、誤解や曲解を生まずに、私の脳みそにちゃんと届く。
「大丈夫、ジャックに会えたから」
「本当に?」
グリーンの目がこちらを見ていた。
「君の痛みは君のものだ。それだけは覚えていて」
それが鋭い痛みのことだけを指しているわけじゃないことは、ちゃんと分かった。彼はたくさんの種類の傷を知っている。他の大人とは違った。
服なんて、今まで母さんが買ってきたものしか着てないのに。私は生乾きの服のまま、ウェットアイ・シティの中心部にいた。
まったくもって、なぜこれほど多様な服が存在するのか不思議だ。服なんてタンスの引き出しを開けて一番上のものを取れば充分。
「リッキー、はい、これとこれ。あとこれも」
ジャックはぽいぽいと服を投げてよこし、試着室に私を放り込んだ。真っ先に値札を見たが、それが高いのか安いのか、普段服を買わないせいで分からなかった。いくつかはオーバーサイズだった。鏡に映った自分をみて、ほう、と私は思った。似合うとか似合わないとかは分からないと思っていたが、『オリバー・ツイスト』風のベストとズボンが自分に似合っているのは分かった。いや、むしろジョン・ワトソンか。
「じゃあ次行くよ、リッキー」
「え、でもこれ、ジャックのお金じゃ……」
「いいんだ、別に。もともと自分のために使う気もないし」
そう言ってさっさと店を出る彼に何も言えず、私はもごもごとしながら後を追った。
「バカ?僕が?」
ジャックは微笑みながらカフェの紅茶のカップに口をつけて、「まずい」と感想を言った。
「そ、そういうわけじゃなくて……」
「確かに『誘拐』するとは言ったけど、動機とか目的とか、そんなの無いよ」
まずいのが分かっているなら紅茶なんか頼まなければいいのに、でも彼にはコーヒーよりもお茶のほうが似合う。
「だったらもっと……『誘拐しがい』のある子どものほうが良かったんじゃないかな」
私は思っていたことを正直に言った。
「うん、そうだ、こういう……こんな、恩知らずで厄介な奴よりさ。さっきのニュースみたいに、救われるべき子供っていうのがいるべきだし」
ジャックはするどい目つきでこちらを見ながら、またカップに口をつけた。彼が時折見せるその眼光が、懐かしかった。優しいけれど、全てを見透かすような目だ。
「あ、救うっていうか、『誘拐』か。つまりそういう、かわいそうな子供が……」
「嘘つき」
ジャックはこちらが喋るのを止めて言った。
「それに君はダリウスの子供だし、僕の良き友人でもあるんだよ」
やっぱり、彼には何でもお見通しなんだろうか。いつだって、そうだった。
「そういうわけで、行こうか、わが良き友人」
結局、ジャックはシティの中心部の隅から隅まで私を連れ回して、私はたくさんの紙袋を抱えることになった。
「あのさ、クロークを探してくるから、小銭……くれないかな」
財布も携帯もぜんぶ、家の門の前に置いてきてしまった。ジャックに嘘をつくことに心は痛んだが、仕方ない。遺産のような電話ボックスは幸いまだ存在して、壊れていませんように、と願いながら私は小銭を入れた。
〈タダイマ、留守ニシテイマス〉
「そんな所だろうと思ったよ。まあいいや。いいかい、父さん」
留守番電話の声に思わず笑い声が出そうになったが、それは抑えた。二人はどこに行っているというんだろう。
「これは純粋な家出なんだ。だから探さないでほしい。心配はいらない」
それから思い当たって、一言つけ足した。
「もっとも、父さんたち二人が心配していると仮定して電話したわけだけど。それじゃ……」
「おーい、リッキー?」
「今行くよ」
まずいな、と私は思った。今の声が入ったかも。それから慌てて電話ボックスから出た。
〈留守番電話ノ再生ヲオワリマス〉
事務的な電話機の声が告げた。
「何なのよ、あの子。一体何考えてるのか、まったく……」
シンシア・グレイは引き攣ったような笑みを浮かべながら、せわしなく手をいじった。
「大丈夫だ」
ダリウス・グレイが言い、シンシアははじかれたように振り向いた。
「何がよ、早く警察に……」
「駄目だ、騒がれると厄介なことになる」
二人はしばらく沈黙した。
「ねえ、あいつが……ダグラスが、関わってるんじゃないの。だとしたら……」
「あいつはもう近くにはいないよ」
ダリウスは妻の肩にやさしく手を置いた。
「シンシア、お前も疲れてるんだ。俺たちがいま、協力しないと。そうすれば、あの子も……」
「そうね、ダリウス。協力しなきゃ……」
シンシアは彼に肩を抱かれながら、自分に言い聞かせるように言った。
「それで、二人で協力しないかな、ジャック」
カフェの外に出てから、私は教室での生徒のように手を挙げて言った。
「協力?」
「父さんに会いたいと思う?」
動機、の一つとして考えられるのはそれだ。
「ダリウスに?もちろん、ずっと……」
「だったらさ、二人で手を組まない?」
手を組む、という言い方が正しいのかどうかは分からなかったが、とにかく彼の注意を今は引いておきたかった。電話をかけたことは知られたくない。それに、父さんと母さんが気づいて、あの家に戻されるまでの時間を稼ぎたかった。母さんはきっとジャックと私を引き離そうとするだろう。
「その代わり、教えてほしいんだ。なんで父さんと絶交してしまったのか。ずっと気になってたんだ、あんなに突然だったから」
だが残酷なことに、街頭のテレビがニュースを伝えていた。
「午後一時に捜索届が出されており……人気俳優グレイ氏の……長女は現在ウェットアイ州にいるものとみられ……」
ジャックが息を呑むのが分かった。
「現在、州警察が捜索中です」
リポーターは何の感情もない声で言った。
もし僕が親友について語るとしたら、そうだな、君はこれ以上ないくらい打ちのめされて、ぼろぼろで、クソみたいな気分で空を仰ぎ見る。晴れているかもしれないし、曇天かもしれない。
その時、隣に誰かがいることに気づいて、それが親友なのかもしれないと思う。でも次の瞬間、それが永遠じゃないという事実にどうしようもなく切なくなる……
第3章 Dirty Darius& Unholy Jack
198×年、ウェットアイ州郊外で奇妙な事件が起きた。ある女性が当時七歳の少年を誘拐し、三ヶ月連れ回した上、逮捕された。
そしてその女性は、被害者の少年の実の母親だった。
「奴らは僕が生まれたあと、母親をすげ替えたんだ。『不都合』があったから」
マグノリア・デパートに入り、エスカレーターを上がりながらジャックは言った。
「僕の家はねリッキー、ある宗教団体の熱心な信者だった。『ヨブの森』、聞いたことあるだろ」
リッキーはうなずいた。確か、州のうちでも大きな勢力を持つ団体だったはずだ。
「『子どもを懲らしめることを差し控えてはならない。……あなたがむちで彼をうつなら、彼のいのちをよみから救うことができる』」
「旧約聖書?」
「そうだね。もちろん、それは比喩だ。でも彼らはそれを文字通り解釈した。そして僕は……僕の心は歪んでいった」
「ゆ、歪んでなんかないよ」
リッキーは暗くなっていく相手の表情に、言葉を取り繕おうとした。
「僕は、自分と本物の母親を引き離したものを憎んだ。痛みしか与えない、欺瞞に満ちた家を呪った」
でもリッキー、きみなら知ってるだろ、本当に苦しいのは鋭い痛みじゃない。それはもっと……
「解るだろうジャック、お前を誘拐した犯人だ」
かつて、ジャックの祖父は何の感情もない声で彼に告げた。
「……どこで」
「病院だ」
「誰が……誰が看取ったんだ」
「知らん」
「母さんは一人で死んでいったのか?」
後ろから父母がこちらを見ていた。いつわりの親だった。少なくとも成長したジャックにとってはそうだった。
「ジャック、あれはお前の母親じゃない。ちゃんといるだろう、本物が……」
祖父はさっさと追い払うような仕草をして、くるりと椅子を回して背を向けた。
「それで、ミセス・グレイ、心当たりはありませんか?」
ヘイリー・ブラウン刑事はシンシアに向かって尋ねた。短い薄茶色の髪とヘアピンは彼女を幼く見せていたが、そのグリーンの瞳は何事も見逃さない鋭さを湛えていた。
「いえ……ありません」
リッキー・グレイの母は小さな声で言った。父親は依然として何も答えなかった。
「そうですか」
「ブラウン、ちょっと」
上司のウィリアム・アレンが呼び、ヘイリーは席を外した。隣室を捜査のために借りている。一体この家には部屋がいくつあるんだろう、とヘイリーは思った。
「どうしましょう、先輩」
「全くどうなってんだ、この家は」
ウィリアムはため息をついた。
「両親とも娘が何時に学校から帰ってくるのかすら把握してませんよ。父親に至ってはほとんど喋りませんし」
「はるばるここまで来たのにな。それに、何故こんなにメディアが来てるんだ?ちょっと待て、そもそもなぜ娘がウェットアイにいることが判明した?だいいち……」
ウィリアムが思索を深めている間、ヘイリーはダリウスの机の上のポテトチップスの袋を漁っていた。
バタン、と音を立ててダリウスは寝室の扉を閉めた。
「言ったよな?警察には頼らないって。俺たちだけで解決しようって」
「ごめんね。ごめんなさい、でも……」
シンシアは言いよどんだ。
「あの子のこと、心配じゃないの?」
「また癇癪かもしれないだろ」
ダリウスの言葉の温度からは真意が分からなかった。
「そのうち帰ってくるんじゃないのか」
「最近はマシになってきてたじゃない。学校にも連絡しなきゃいけないし、外にはメディアがいっぱい来てる。私も仕事があるのよ」
ダリウスは黙ってそれを聞いていた。
「今、大事な時期なのよ。解るでしょ?」
やっぱりな、とダリウスは思った。
保身。自分のことしか考えてない。俺たちは結局、そういう人種なんだ……
ジャック・ダグラスと俺は高校の同級生だった。彼はいつも、暑いのに長袖の服を着ていた。
当時、俺は親の金でウェットアイのボロアパートに住んでいた。そこの演劇学校に入ったらシンシアと一緒になる予定だった。ガールフレンドも、将来も、全部持っていた(ガキは予定外だったけど)。あとは、有り余る退屈。他人の「痛み」なんか、知らなかった。
ジャックはいつも勝てない喧嘩をふっかけたり、買ったりしていた。たいていは何の関係もないクラスメイトが侮辱された、とかそういうのが発端だった。暴力的な人間、と彼について思ったことはないが、いつもその匂いがまとわりついていた。
たまに俺の周りの人間が巻き込まれることもあって、俺はそれを面白がったりしていたが、教師が来ない程度に止めるだけで、彼の人間性について考えることはなかった。要領が悪い奴だな、と思っていた。抵抗しなければ、殴ったり殴られたりする必要もないのに。あいつはずっとイライラしてるんだろう、とか、思うことしかしなかった。
いつもの仲間とうろついた帰り、一人で街の酒屋の通りにいたジャックを見つけた。まだ名前なんて呼んだこともなかった。
「よお、ダグラス」
俺が呼ぶと、彼はびくりと身体を震わせた。よたよたと不安定に歩いていたのに、俺は気づかなかった。
「お前、私服も長袖なのか」
ジャックはくるりと踵を返すと、あさっての方向に進み始めた。俺は慌てて呼び止めて、その腕を掴んだ。
「何だよ、そんなに俺が気に入らねえのかよ……」
ずるり、と彼の袖が捲れて、ミミズ腫れのたくさんついた腕が露わになった。
「ンだよ、これ」
俺はただバカみたいに動揺することしかできなかった。こんなにくっきりと、人の悪意のあとを見たことがなかったのだ。
「離せよ」
ジャックはひどく冷静な声で言った。
「嫌いだよ、君なんか」
彼はそう言うと、俺が止める間もなく走り出して夜の闇の中に消えていった。
「それから、しばらく学校に行かなかった。怖かったんだ」
ジャックはリッキーに言った。
「そのあと、家から勘当された。あまりに僕が、祖父の意に沿わない行動ばかりしたから」
「か、勘当って、いつの時代の話」
リッキーは思わず言った。
「まあ、実質的には放り出されたわけだけどね。当然、行くあてもなかった」
罰。これは母さんを一人で死なせたことへの罰なんだ。
シャッターが閉まった店の前で、ゴワゴワした通学カバンに頭を乗せながらジャックは思った。寝心地がいいとは言えなかった。夏なのが幸いだったが、夜はそれなりに冷えた。
しばらくしていると、見覚えのある足が目の前に来て止まった。学校の制服のズボンだ、と気づくのに時間がかかった。
「よお、ダグラス」
上から声が降ってきた。聞いたことのある声だった。
「助けてくれ」
ジャックは生まれて初めてその言葉を口にした。奇妙なことに、そう言った次の瞬間、彼は既に助かっていたのだった。
アパートに連れて来られたジャックは、まず放置していた傷に適当な治療を受けた。慣れていないのが丸わかりのたどたどしい手つきが少しおかしかった。ひとまず終わって、ダリウスがここに住んでいい、と言うのを聞いても、ありがとうと言って頷いだだけだった。他に何か言うには、疲れていた。それだけだ。
それからダリウスは立ち上がってどこかへ行って、大きくて黒いマグカップを二つ持って戻ってきた。湯気が立っていて暖かそうで、やっとその時それまで随分寒かったのだと気がついた。彼はカタンと音を立ててそれを机に置くと、長い脚を組んで雑誌を読み始めた。しばらくすると、鼻歌交じりに。ゆるやかなメロディーと、久しぶりの暖かさ。絨毯に差し込む窓の長方形の午後の光。長い曇天の切れ間。
「強い人間になりたかったんだ」
ジャックは呟いた。ダリウスは少しだけこちらを向いた後、お前はたぶん強いよ、と言った。
「そんなにたくさんの傷は、痛いだろ」
「違うよ、こんなものはどうってことないんだ。僕は」
声をかき消すように電話が鳴り響いた。ダリウスが受話器を取った。シンシアからだった。リッキーがこんな時間にまた癇癪を起こした、母が面倒を見ている、と疲れた声だった。
それを切ってからダリウスがソファに戻ると、ジャックは既に深く眠り込んでいた。彼にとっては久しぶりの深い眠りだったが、ダリウスがそれを知ることはなかった。
その後、ジャックはダリウスの家に居候して、昼はアルバイト、夜は作家になるために原稿を書いた。
「ダリウスが学校に行ってる間、よく一緒に遊んだね。君も僕も、常にハッピーってわけじゃなかったけど」
ジャックはリッキーに優しく語りかけた。二人には思い当る出来事がたくさんあった。
「ねえリッキー、僕のペンどこに行ったか知らない?」
「取ってない」
幼いリッキーは度々癇癪を起こした。その時もジャックは彼女の面倒を見るために狭いアパートに来ていた。彼が世話を厭うことはなかった。
「取ってないよ」
「そっか」
次の瞬間、リッキーはポケットからペンを出して世界一忌々しいもののように地面に叩きつけた。
「リッキー」
「いやだ」
彼女は叫んだ。
「いやだ!」
ジャックは彼女のところに駆け寄って、うしろから暴れる四肢を抱きしめた。
「だいじょうぶ、リッキー、大丈夫だよ」
しばらくして癇癪はおさまった。その頃には二人とも疲れていた。
「リッキー、一緒に本読もう、ね?」
ジャックの内側からなにか大きな感情があふれてきて、彼は涙を流した。
リッキー、僕なら君をどこにでも連れていける。中世の王国、世紀末のパリ。僕たち二人ならどこへでも行けるのに。
どうして放っておいてくれないんだ。間違ってるのはなんだ。
「父さん」
リッキーはダリウスの後ろから声をかけた。三年前のクリスマス前のことだった。
「あのさ、今年もクリスマスにはジャックを呼ぶよね」
そのことを考えるとうきうきした。今年は何をプレゼントにくれるのだろう。彼がリッキーの欲しいものを「外した」ことはなかった。あるいは、彼がくれるものはなんでも、自分が欲しかったものだったのかもしれない。
「もう、あいつには会えないよ」
だが、ダリウスは残酷な事実を告げた。
「え、なにそれ、どういう……」
「うるさい」
ダリウスは焦った声音で言った。それから「ごめん」と謝った。
「でももう、無理なんだよ」
そうだ。癇癪がなくても、私はいつだって心の中では、「嫌だ」とわめいていたのだ。
「……じゃなくて」
リッキーは我に返った。
「ま……まだ、全部じゃないよね」
「そうだね、肝心のことを言ってないよね」
ジャックは優しく微笑んだ。
「ダリウスと僕が絶交した理由、そして僕の母親が僕と離された理由。彼女は……僕の母親はね、リッキー、鬱病患者だったんだ」
第4章 この心臓が血を流すとき
「これ、捨てるの?」
確か三年前、「あれ」があった後の記憶だ。家の外にはゴミ袋がいくつも置かれていた。中にはぬいぐるみや本が入っていた。ゴミ袋からは写真が見える。ジャックが笑っている。父さんや私と一緒にいるからだ。
「そうよ、全部」
「でもこれはジャックが……」
「黙って」
ビリビリと写真を破きながら母さんが言う。
「あんたね、二度と、二度とママの前であいつの名前を出さないで」
母さんが、おかしい。
「何これ、飛び出しナイフ?物騒だな」
父さんがくれたナイフをいじってみる。何に使うつもりなのかはわからない。
「物騒なのは世の中のほうだよ。護身用だ。持っとけ」
「なんでまた、突然こんなことを」
言ってから、ソファに座っている父さんの声が震えていたのに気づいた。
「……父さん、泣いてるの?」
「お前は、何を言ってるんだ?」
父さんが、おかしい。
ジャックの小説には全部、必要な言葉が詰まっていた。会えなくなってから、ぼろぼろになるくらい同じ本を読み返した。そこにあるはずの最後の希望を探すように、全ての文を辿り続けた。そして、読むたびに私は彼に問いかけた。
ジャック、一体どうなってしまったんだろう。
「違うわよ、そっちこそ……」
二人の口論が増えた気がする。「行ってきます」と呟いて、家を出る。
「……ですから、リッキーはクラスでもあまり喋らなくて。何といいますか、学校でうまくやっていくには、ちょっと厄介な性格をお持ちで……」
何も知らない学校の先生がそう言う。ありのままの自分でないなら、受け入れてくれなくても構わない。
「そうですか。リッキー、ねえ、聞いてるの?どうなのよ」
サイコーだよ。
そういえば私にも幼い頃があった。
「リッキーたいちょう!てきがこうげきしてきました!」
顔もおぼろげな友達がこちらに言ってくる。
「よし、イアンたいいん、はんげきだ!」
「はい!」
「ヘンなの。女の子はみんなお姫さまになりたいって言うはずなんだよ!」
少し遠くで遊んでいた子がそう言ったのが聞こえた。
「……って言ってたんだよ。おかしくない?」
クッキーを食べて絵本を読みながら、私はジャックに言った。
「そっか。リッキーは何になりたいんだろ?王様?」
「ううん、王様になりたいわけじゃないんだ。私がなりたいのは……」
その時なんと答えたのか、もう覚えていない。ジャックの仕草でさえ忘れかけていたのと同じだ。
「どうする、リッキー」
午後二時、二人はマグノリア・デパートメントの屋上にいた。
「どうするって……別に、どうもしないよ」
「拍子抜けした?鬱病なんて程度の差こそあっても、たくさんの人が持ってる」
それはそうだ。私でもそのことは知ってる。
「それと父さんと絶交したことに、どんな関係が?」
「うつると思ったんだ、君に」
ニューヨーク・グリーンヒル グレイ邸 6:00am
「調べたのよ、あの頃。ネットで。有名だった、あの誘拐事件はね。ウェットアイは何もない町だし。だから、よく覚えてた。『ヨブの森』幹部の家の子供で、私たちと同い年。それで、利用、できると、思った」
シンシアは震える声で言った。
「あぁ、あんた、ダグラスね」
まだダリウスと別々に住んでいた頃、彼のアパートを訪ねた時のことをシンシアはよく覚えていた。
「迎えに来たんだけど、その子、こっちに渡してくれない」
「その子、とかじゃなくて、ちゃんと名前で呼べば?」
その棘のあるような言い方を思い出すたびに腹が立った。
それに、あんなこともあった。シンシアが迎えに行ったとき、リッキーはアパートの外にあった木の上から飛び降りようとしていた。
「大丈夫、僕がキャッチするから、君はスーパーヒーローみたいにそこから飛べばいいんだ」
あいつがそんなことを言うのが聞こえた。
「ちょっと!」
シンシアは駆け寄り、木の上からゆっくりとリッキーを降ろして、抱き上げた。
「ありえない、何してるの」
「少しくらい自由にさせても大丈夫だ。リッキーは身体能力が高いし」
彼は飄々と言って、シンシアはその胸倉を掴んで問い詰めたかった。
「何が身体能力よ、だからあんたには任せられない」
シンシアはそう吐き捨てて、ジャックとの別れにぐずるリッキーを引きずるようにして連れて行った。
「だから……」
そう言いかけたシンシアの肩を、ダリウスは強く掴んだ。
「それから、俺があいつに電話をかけた。だよな?」
シンシアは相手の気迫に圧されてうなずいた。
「怖かっただけ。あいつはいつも暴力の匂いがした。やっぱり、って思って、リッキーが心酔したらいけないって、そう、思っただけ。あの子にあんな風になってほしくなくて……」
「あいつは、そうなることを知ってたみたいだった。ずっと前から」
「ダリウス」
シンシアに名前を呼ばれても、肩を掴む手は離れなかった。ぎちぎちと強く掴まれて、シンシアの額に冷や汗が浮かんだ。
「俺は何回も謝ったよ、『もう会えない』って言った時、自分が情けなかった。そのあと、あいつが何て言ったと思う」
「リッキーが助けを求めている時、リッキーに君が必要な時、近くにいてあげてくれよ」
ジャックは電話口でそう言った。とても優しい声だった。
「笑えるよな、俺はあいつの話をしてたんだよ。なのに、さ、」
「約束してくれよ。だってリッキーは、まだ間に合うからさ」
「間に合うって何がだよ」
ガチャリと音がして電話は切れた。
「おい、ジャック!」
返事はなかった。
「だからさ、シンシア」
彼女の肩から手が離れ、ダリウスはここ数週間で一番優しい顔をした。
「ウェットアイに、帰ろう?」
「二人は……少なくともシンシアは、僕を君に近づけると危険だとずっと思ってたみたいだ。実際、そうなのかもしれないけど。いわくつきの家の子で、すぐに喧嘩をふっかけて、おまけに家から勘当されるなんて、まともじゃあないよね」
「ジャック、私は…」
どうしてジャックはこんな大層な言い方をするんだろう。
「ちょうど二十五年前。十月十日の午後。メアリー・ベイカーが逮捕された。そこの薬局の前で」
マグノリア・デパートの屋上の手すりから身を乗り出し、地上を見下ろして、ジャックは言った。私も同じように見下ろす。彼が指差す方向を見ると、まだその薬局はそこにあった。
「その少し前、僕たちはこの屋上にいたんだ。ベイカー……母さんは地上を見下ろしながら、何かをためらっているように見えた」
「ジャック」
横からでは彼の表情はわからなかったが、恐らく、ぞっとするような顔をしているんだろう。絶望、とかそういう種類の。
「もしかして、さっき私が……父さんたちがしたように、万が一、ジャックを拒否していたら、ここから……飛び降りるつもりだった?」
「まさか」
彼は失笑したが、それは冗談には見えなかった。
「かあさん、それ、どうしたの?」
髪の伸びきった幼いジャックが尋ねる。メアリー・ベイカーの手には擦ったような赤い痕があった。
「ああ……屋上の手すりで擦ったかも」
「ばんそうこう買ってくるよ、まってて」
そうして薬局に行き、戻ってきたジャックが見たのは、警察に取り囲まれるメアリーの姿だった。
それを想像して、リッキーは重い気分になった。それから、やっぱりこの人に嘘をつくべきじゃないかもしれない、と思った。
「ジャック、私は、あの時家の鍵は閉まってなかった」
彼女は口を開いた。
「ドアは開いてたんだ、父さんが中にいて」
あの時のことを思い出そうとする。あの時、といっても数時間前のことだが。
「部屋の中がめちゃくちゃになってた。怖かったんだ。いつもの父さんじゃなかった」
リッキーは何を言っているか自分でも分からなくなった。ある疑問がひとつ、それを取り巻くもやのようなものが固く強くなって、確信に変わった。
「父さんはジャックが好きだったんだね」
「リッキー」
「好きだったんだ、だから母さんは怒って、それでジャックはうちに来れなくなったんだ、三年前から、去年のクリスマスも」
「リッキー、ごめんね」
彼女はジャックが何について謝っているのか分からなかったが、ただ彼が謝らないといけないのが悲しかった。どうしてそのことに思い至らなかったんだろう。今までヒントはいくつでも転がっていたし、そう考えると全てのことに辻褄が合った。ジャックを見るときの父さんの目。そう、あの目だ。多分私は気づいていたのに、気づかないようにしていた。それが何のためだったのか、わからない。
「傷用のクリームを買ってきた」
ジャックが「保護」されてからしばらくして、ダリウスは家に帰るなり彼に言った。
「なぜ」
ジャックが尋ねると、ダリウスは肩をすくめた。
「そのままにするわけにいかないだろ」
「そうなのか」
「お前はもうすこし自分のことを労ったほうがいいよ」
ダリウスは薬局の袋をテーブルの上にどんと置いて、古風なパッケージの箱を取り出した。
「見せてみろ」
ジャックは目を泳がせた。
「待てよ、まさか全身にあるのか?あんな傷が?」
相手は答えなかったが、つまりそれは肯定だった。ジャックがシャツを脱ぐのを、ダリウスはじっと見ていた。それが危険なことだった、と知ったのはずいぶん後になってからだった。彼は痩せぎみの体躯から目を離せずにいた。グリーンの瞳と視線が合うのを自分が避けているのに気づいた。ほら、とジャックは何ともないように手を広げてみせた。両腕にミミズ腫れが広がっていた。
「背中はもっとひどいけど、見たいのか」
「見たくはないけど」
後ろを向くと、確かにひどかった。鞭を打たれた痕だ、と知ると吐き気がした。そんなことを誰か、恐らくは大事な相手、に出来る人間の気が知れなかった。
「僕はかなり『彼ら』に抵抗したからな」
「抵抗、ね」
「大人しく従っていればこんなことはされなかった。実際、僕の妹は賢いから、そうしてた。でも僕には無理だったんだ、嘘をつくのが」
彼の言っていることは分かる気がした。学校ではいつも、そんな風にジャックの喧嘩は始まっていた。血の気が多い、というわけでもないのに、放っておけばいいものを突っかかっていくから、余計なことが増える。そんな感じだった。そのせいで彼は誤解されるのだとも思った。
「こんなものはどうってことないんだ。僕は、」
(あの続きは、何て)
多分その答えは彼の喉の奥に消えてしまって、もう二度と現れない。ダリウスがそれを聞くことはない。
そんなはずはないと思いながら、そうなのかもしれないと思った。きっと自分には理解できないということだけは分かっていた。彼の小説はいつも、寒い部屋から覗く陽だまりのような空虚さを感じて苦手だった。
「ねえ、こんなことして何になるのよ、ウェットアイに行ったところで」
車の中でシンシアが尋ねた。
「あいつは」
ダリウスが口を開いた。エンジンをかけて静かに車を出す。ラジオの音が煩わしくて、チャンネルを切った。車の中には静寂が響く。
「リッキーは、ウェットアイにいる」
「先輩」
ヘイリーが書斎のドアを開けるなり叫ぶように言った。
「グレイ夫妻が……いません」
「はあ?!」
ウィリアムは思わず、普段出さない大声を出した。
「ごめん、もう一回聞いてもいいかな。あの時、昨日ジャックと会った時、ジャックはさ、私が『ダリウス・グレイの子供』だったから誘拐したの?」
答えを聞きたい気もしたし、聞きたくない気もした。
「それとも、雨に濡れてる『かわいそうな子供』だったから?」
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