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第1話

朝十時頃にのろのろと布団から身を起こし、だらし無く頭を掻きながら、身支度を済ませ、いつも通りに仕事を始める。 仕事といっても、住んでいるアパートの掃除、庭の手入れをそれなりにこなしていき、まぁ、気持ちばかりの不審者がいないか見回りをしていく。 といった感じのあまり気の張らない、形ばかりのアパートの管理人をしている。 六十歳になり、なんの迷いもなく、定年退職した。 女房には四十歳の時に逃げられた。 ーーあなたは何にも関心が無いのね、家族にも私にも そんな感じで、一人身の身軽さから、仕事に固執する必要もなかったし、さっさと退職を決められた。 離婚した直後は、それこそ物事に関心が無い性分のため、家事全般なんぞ全く分からず、途方に暮れたが、持つべきものはお節介な姉というべきか。 ーーあんた、どうせ奥さんに逃げられて家のこと何にもできてないんでしょ、ご飯ちゃんと食べてんの? もぅ、心配だからあんた、私が経営してるアパートに引っ越してきなさい、面倒見てあげるから!」 と、こんな感じで半ば強引に姉のアパートに引っ越しをし、掃除から飯まで、本当に面倒を見てもらえたため、男やもめに蛆が湧かずにすんだ。 定年退職をした直後は、これまた姉のお節介が始まり。 ーーあんた、仕事辞めたら、どうせ一日中何にもしないでダラダラとして、苔でも生えてきそうな生活になっちゃうでしょ。 お姉ちゃん、今まであんたの面倒を色々みてきてあげたんだから、恩返しも兼ねてアパートの管理のお手伝いしなさい。 お節介な上にちゃっかりもしている。 しかしまぁ、確かに仕事でもなかったから、一日中何にもせず、生きてるんだか、死んでるんだかも分からない様な生活になるのは目に見えてるんだから、アパートの雑用くらいは快く引き受けてもいいだろうと思い、引き受けた。 なんだかんだと、雑用をこなしていくとあっという間に昼になる。 昼になると俺は首にかけたタオルで汗を拭いながら、いつも通り、アパートの真向かいに建っている平屋の日本家屋に向かう。 そこが、姉の家である。 「姉さん、上がるよー」 返事も待たずに玄関を上がり、さっさと洗面所で手を洗い、台所に向かう。 台所では姉がテーブルに、そうめんやらサラダやらを並べている最中だった。 「お疲れ様、お昼もう用意できるからね」 相変わらず、ちゃっちゃとした動きで昼飯の準備をしている。 姉は俺よりも二つ上だか、いつも俺の方が上に見られる。 多分、俺は俺で身なりにあまり気を使う性格ではないため、髪はボサボサ、服もシワがあろうが気にせずそのまま、動作も常に気怠げなのが老けて見えてしまうのだろう。 そんな俺とは対照的に姉は髪から服までピシッとし、動作も機敏で、背筋もピンとしていて、ぱっと見若々しい。 もうすっかり、昼飯の準備ができたテーブルの定位置に座る。 「いただきます」 「はい、はい、召し上がれ」 姉も向かいの椅子に座り、いただきますと手を合わせ、サラダに箸をのばしていく。 俺も氷が乗せられ、よく冷えていそうなそうめんを箸でつまみ、麺つゆをたっぷりと付けて、ズルズルと音を立てて食べ始める。 「もうすっかり、夏の陽気ね。 庭仕事してて暑かったでしょう、熱中症とかなってない? 具合が悪くなったらすぐに休みなさいね」 「姉さん、俺ももう、じいさんの歳だぜ? そんな子供に言い聞かせるようなこと、言わなくっても分かってるよ」 「あんたはいい加減な性格だから、なんでも適当にしちゃうじゃない、だから、心配になっちゃって、あれこれ言いたくなっちゃうのよね」 姉は早口気味にそう捲し立ててくるから参る。 そうなると俺は元来、口下手な方だし、どうにも面倒になってきて、姉の意見に「ハイハイ」と相づちを打って済ませてしまう。 「あっ、そうそう。 お姉ちゃんの知り合いの息子さんがこの辺りで部屋探ししててね、丁度あんたの部屋の隣り一○ニ号室、空室だったでしょ? おすすめしたら入居が決まったの」 「へぇ」 「二十歳の大学生ですって、久々の若い入居者さんよ」 若い奴か、別に誰が入居しようが俺がどうこう言える立場じゃないが、とりあえず騒音やら入居者同士の揉め事を起こさない奴なら構わない。 「でね、明日あいさつに来るっていうから、色々教えてあげてね」 「あぁ、分かったよ」 姉の話を聞きながら、黙々と昼飯を平らげ「ごちそうさん」と一言だけ言い、胸ポケットに入れている煙草を取り出し、食後の一服を 吸い始める。 「あんた、いい加減に煙草止めたら?身体に悪いわよ」 姉は俺が煙草を吸う度に眉間にシワを寄せ、身体に悪いと小言を言ってくる。 「それに明日くる、あっ名前ね、日向 瞬くんっていうのよ。少し身体が弱いっていうから、あんまり目の前で煙草吸ったりしないで、気遣ってあげてよね」 しかし、こればかりは、身体を壊そうが、世間が禁煙一色になろうとも止められない。 だから俺は、適当な返事をして、とりあえずその場のお茶を濁した。

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