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第6話
それから特に変わりはなく、毎日夕飯を一緒に食べるという、穏やかな日が続いていった。
あれから一ヶ月が過ぎて、秋口に入ったころ、夕飯後に帰ったはずの瞬が俺の部屋に戻ってきたので、何かと尋ねたら、どうやら風呂の湯が使えなくなったらしい。
調べてみると給湯器の故障だった。ガス会社に連絡して修理を頼んだか、直して使えるようになるには一週間くらいかかるらしい。
修理に時間がかかり、しばらくは風呂が使えないということを瞬に報告した。
「困ったな、この近くに銭湯とかありますか?」
「最近は銭湯の数も少なくなっちまったからな、一番近いところで三十分かかるな」
「ちょっと遠いけど仕方ないですね。どの辺りにあるのか、場所教えてもらえますか」
昼間はそうでもないが、朝晩は少し肌寒くなってきたし、往復一時間取られるのは結構大変だろう。
「瞬さえ構わなければ、俺んとこの風呂使ったらどうだ? その方が楽だろう」
瞬は目を丸くして、驚いた顔になり。
「そんなの一豊さんの方こそ、迷惑じゃないんですか?」
「一度沸かせば、一人入るも二人入るも変わらないからな」
それを聞いて、瞬は嬉しそうに「じゃあ、お願いします」と頭を下げ、翌日から俺のとこの風呂を使うことにした。
ーー「おじゃまします」
翌日、いつもと同じくらいの時間に、瞬が夕飯を持って来てやってくる。
俺も、もう慣れたもんで、ちゃぶ台には二人分の食器をすっかり用意しておいた。
相変わらず瞬は色々と話しかけてくれるが、俺といったら、普段から大して変わり映えのしない日常を送っているため、気の利いた話も用意できず、「ほう」だの「へえ」だの、気の抜けた返事をするだけだった。
夕飯も食べ終えて、風呂場へ行き、浴槽に湯を張って入浴できる準備をしてきた。
「暫くしたら入れるから、沸いたらお前先に入っていいぞ」
流しで洗い物をしていた瞬は、手に泡を付けながら振り向いて。
「そんな、僕の方がご厄介になっているのに」
「別に、俺はかまわねぇから。瞬の方が朝も早いし、勉強もあるだろ」
瞬は「ごめんね、ありがとう」と言って、洗い物を終わらせて、手を拭きながら風呂に入る準備を始めた。
「あっ」と瞬が呟いたから、「どうした」と聞いたら。
「一緒に入る?」
「冗談言うな、こんな狭い風呂場で、男二人が入れるわけないだろ」
「冗談だよ、顔赤くなってかわいい」
からかった笑みを浮かべて、風呂場の扉を開けて中に入って行った瞬を見ながら、頭を掻き、「顔赤くなってんのか」と誰にともなしに一人呟いてしまった。
それから5日過ぎ、ようやく明日には瞬の部屋の給湯器の修理も終わり、風呂が使えるようになるはずだ。
丁度、今も瞬は俺の部屋の風呂に入っているところだが、明日からはいないのか。
いや、決して疚しい気持ちがある訳ではないはずだが、何故か胸が枯れるような、なんとも言えない寂しさを感じる。
俺は縁側に腰掛けながら、瞬が風呂に入っているうちに食後の一服を堪能しておく。
もやもやとした気持ちを誤魔化すように、思い切り煙を吐くと、白い煙が夜の闇に溶けていった。
後ろから物音がして、瞬が風呂から出てきたんだなと察した。
いつもはその後、俺に一言挨拶してから自分の部屋へと帰って行くのだが、今日はなんだか様子が違った。
後ろに気配を感じたので、振り向くと瞬が立っていた。
グレーのゆったりとしたスウェットを着ているのだか、今瞬は下は履いていない状態だ。スウェットの上の裾が長めだから、太腿の中程まで隠れているが、そこから下は肌が露わになっている。
肌は血が通っていないんじゃないかと心配になる程白く、細っそりと長い脚だ。
こんなに瞬の肌を見たのは初めてだ。
あたりの暗さに、瞬の白い肌が薄っすらと浮かびあがって見え、その艶やかな脚の輪郭がなんともいえず煽情的だった。
「下履かないのか?」
「うん」
あんまりジロジロ見るのもどうかと思い、目線は正面の塀の方を向き。
「誘ってんのか?」
照れ隠しの冗談として、つとめて軽い調子で
言ってみたが、微妙な空気を払拭することはできなかった。
「⋯⋯そうかも」
瞬は静かに微笑みながら隣りに座ってきて、俺の腕を組むというより、しがみつくように腕を絡ませて、ぴったりと寄り添ってきた。
「おい」
「少しだけ⋯⋯」
瞬は体温が低い、しがみつかれてもあまり体温を感じない。
ただ、静かな息遣いと腕の感覚だけで、そこに居ると実感するのに十分だった。
「月が綺麗だね」
瞬は夜空に浮かぶ、月を眺めてそう言った。
「一豊さん知ってる? 夏目漱石は” Ilove you”を訳すのに月が綺麗ですねって言葉を使ったんだよ」
「文学とかは興味がないから知らねぇな」
「実際はただの創作で、本当かどうかはっきりしてないみたいだけどね」
俺と瞬は寄り添ったまま、二人でぼうっと月を眺めていた。
「でも好きなんだこの喩え、月が綺麗に見えるくらい暗くて静かな所で、二人で月を眺めていられるって、幸せだよね」
腕を掴む力が、少しだけ強くなった。
秋の虫の鳴き声が、あちらこちらから聴こえてくる。
多分、今俺は幸せなんだと思う。
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