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第5話

夕飯の鯖の味噌煮を食べている時も、瞬は何かと俺に話しかけてくる。 大学のことやら、バイトのことやら、取り留めないのない話ばかりだが、瞬は楽しそうに話していた。 俺はそれとなく夕方一緒にいた、あの二人のことを話題に出した。 瞬の話では、やはり大学で同じ講座を受けている友達らしい。 「なかなか、かっこいい兄ちゃんと可愛い嬢ちゃんじゃないか、三人並んでると様になってたぞ」 「そうかなぁ」 「そうだよ、やっぱり若いもん同士の方が話も合うし、良いもんだろう?」 なるべく、瞬の気を悪くしないように遠回しに言ったつもりだったが、どうやら俺の心中を察したようで、いつも笑顔がへばり付いているんじゃないかというくらい、笑顔を絶やさない瞬の顔はさっと曇った。 どうやら怒らせてしまったらしい。 「一豊さん何が言いたいの?」 声が暗い、なんとなく胸が痛む。 「お前と俺とじゃ、一緒にいるのは周りから見ても不自然だろう」 「自然とか不自然てなに? 周りの目を気にしないと恋ってしちゃいけないの?」 こんなに、声を荒げてものを言う瞬は初めてみた。いつもはおっとりというくらいの優しい口調なだけに、その差に少々面食らった。 瞬は落ち着くように、一旦息を吐き、俺の目を真っ直ぐ見て 「一豊さんはどうなの? 僕のことどう思っているの」 「俺は⋯⋯」 俺はどうなんだろうか、確かに瞬に好意を持たれることは、悪い気がしない。 しかし、それは愛とか恋とか、そういったもんなのだろうか。 俺が言葉に詰まっている時も、瞬は射抜くように、こちらを見つめてくる。 「俺は、もう爺さんなんだよ。今更、恋をするとかな、しかもおまえみたいに若い兄ちゃんなんかとだな」 瞬は俺の目をじっと見てから、すっと目を閉じた。 そして、再び目を開けたときは、またいつもの柔らかな笑顔をこちらに向けてきた。 「一豊さんは還暦なんだよね」 「あぁ」 「還暦って、干支が一回りして、赤ちゃんに還るって意味があるらしいよ。それで、僕は二十歳で成人だから、ある意味僕は一豊さんより二十年上なんだよ」 なんだか、本当に赤ん坊でもあやす様に、優しく微笑みながら、そんな話をしてくるもんだから、聞いていて無性に照れ臭くなった。 瞬は「ふふふっ」と優しく笑い。「ばぶちゃんだ」と俺の鼻先を人差し指でちょんと突いてきた。 「ガキのくせに年寄りを揶揄うな」 場の雰囲気が和み、俺もつられて笑ってしまった。 「僕は一豊さんが好きなんだ。年も性別も関係なく、あなたという人に恋したんです。この気持ちをごまかしたりしたくない」 「聞いてるこっちが、恥ずかしくなるな」 「でも、僕の気持ちを押し付けるようなことはしたくない。一豊さんの気持ちが知りたい、余計なことなんか考えないで」 俺はどうなんだろうか。正直いって、よく分からない。 だが、こいつと一緒にいるのは悪くない。むしろ⋯⋯ 「おまえが居なくなると寂しいな」 なんとも歯切れの悪い、曖昧な返答になってしまったが、これが今のところの俺の本心だった。 瞬は俺の隣りに近寄り、白くか細い指が並んだ両手で俺の皺の刻まれた頬を包む様に手をあてた。 「ゆっくりでいいからね」 まるで母親が、子供を寝かしつけるときの様な、暖かい声だ。 この温もりをずっと側に置いておきたい。今この瞬間、俺は心からそう感じていた。

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