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第4話

次の日から毎日、瞬は夕飯を持って俺の部屋へやって来る様になった。 一週間くらいのあいだは、俺も他の仲間とでも食べりゃいいのにとか、そろそろ飽きてきたんじゃないか、とか言っていたが、最近はそういう前置きは言わなくなった。 あんまりにも平然としていたし、もう瞬という存在は俺の部屋の空気に馴染んでしまっていた。 好きなだけきな、と言ったのは俺自身だし、これ以上うだうだ言うのも野暮ってものだろう。 瞬が入居してから、十日ほどが過ぎた。 いつものように昼に姉の家に行き、昼飯を食べさせてもらいながら、色々と世間話を、と言ってもほとんど姉が一方的に喋っているのだが、姉の話を聞いていると、どうやら瞬は姉の夕飯作りの手伝いもしているらしい。 それは、初耳だった。 「瞬くん、大学も行って、その合間の時間でバイトもして大変なのに、夕食の支度の手伝いまでしてくれるのよ、本当に良い子だわ。 おまけに、こんなおじいちゃんの世話までしてもらっちゃって」 前半はともかく、後半は聞き捨てならない。 「俺は別に、瞬に世話してもらってるつもりはないぞ」 「何言ってるの、夕食持って来てもらっといて、それに一緒に食事してもらってるんでしょ? 」 一緒に食事をしていることは、俺の口から言った覚えは無いから、多分瞬が言ったのだろう。 「一人暮らしだと何かあったとき、誰にも気付いてもらえないかもしれないから、見守ってもらえるとこっちとしても、安心できるじゃない」 姉は知らないから、面倒見がとてもいい若者。というくらいにしか思っていないのだろうが、こっちとしては、瞬の気持ちってものを知ってるだけに、姉に瞬と一緒にいるってことを知られているのは、気恥ずかしい気分だ。 俺は照れ隠しで、茶碗の中の飯を一気に空にする勢いで、口の中へとかき込んでいった。 「あんた、あんな若い子に気に入られて良かったじゃない。可愛い孫が出来たみたいで」 「可愛い孫ねぇ」 よく冷えた麦茶を喉に流し込んでいく。 「それとも、押しかけ女房かしら」 麦茶が気管に入り、思いっきり咽せた。 姉が「ちょっと、なにやってんの」と言いながら布巾でテーブルを拭いている。 まぁ、姉としては完全に冗談として言ったのだろう、それは分かっている。 しかし、俺にしてみれば、あながち冗談になっていない。 「変なこと言わんでくれ」とだけ言って、取り敢えず、これ以上、この話を掘り下げないように、それとなく話題を変えていった。 その日の夕方、いつもは部屋でテレビでも見ながら、瞬が夕飯を持って来るのを待っているのだが、今日は何となく外に出て出迎えてみることにした。 別になんてことも無く、ただの気紛れだ。 アパートの塀にもたれかかり、煙草を吸っていると、向こうの道から人が歩いてくる気配がしたので、顔を向けると瞬だった。 両隣りには多分大学の友達だろうか、同じくらいの若さの男女がいて、三人で並んで歩いていた。 瞬は中央にいて、右側には黒い短髪の兄ちゃんで、いかにも今時の若者といった風だ。左側は茶色のロングヘアーで、全体的に柔らかい雰囲気のお嬢ちゃんだ。 二人ともなかなか見映えの良い容姿で、テレビに出てもおかしくない感じだ。 瞬の場合はどっちと、だか分からないが、少なくとも俺とよりは断然にあの二人の方が、瞬の隣りにいるのが似合っている。 やはり瞬は若いもん同士で、できれば、左側にいたああいう可愛い女の子とでも一緒になった方が良いんじゃないだろうか、そう思わずにはいられない。 どうやら俺に気付いた様子で、両隣りの二人に手を振って別れ、瞬は小走りでこちらに向かってきた。 「一豊さん、もしかして出迎えに出てくれたの?」 いい笑顔だ。夕陽に照らされた瞬の顔には陰影ができ、その影の雰囲気が妙に色っぽく見えて、俺は暫し見惚れてしまった。 顔に火が付いたみたいに熱くなった。頭を掻きながら、ちょっと目線を逸らして。 「たまたま、外で煙草吸いたくなっただけだ」 なんだか言い訳じみていて、自分でもみっともねぇなと思った。 「宮永さんの夕食の手伝うがすんだらすぐに持って行くんで、待っててくださいね」 俺は「おぅ」と短く返事をし、姉の家へと向かって行く瞬の後ろ姿を見つめていた。

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