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第3話 可愛い弟というポジション
「そんなに悩むんだったら君の記憶を消してあげようか?」
「は!? そんなこと出来るのかよ」
「もちろん。君は生まれ変わったことで勇者の力を失ってるけど、僕は魔王の力を持ったままだからね。そして魔王である僕がこうして普通に平和に過ごすことで世界も平和なわけだよ。ある意味世界は救われたようなものだね」
「……そう、いうものか……?」
なんかもう、考えるのも疲れてきた。
少しずつ落ち着いてきたような気がしないこともないし、冷静に考えればコイツは魔王になってまで俺のことを助けてくれたわけだもんな。そこは感謝しなきゃいけないところだよな。
元の世界に戻れなかったのは悲しいけど、生きてるだけいいか。いや、死んでるのか。転生してるんだもんな。あれ、これって助かったわけでもないのか。
駄目だ。考えるほど分からなくなる。
「つか、なんでお前はこの世界に留まろうとしたんだよ」
「ん? だって元の世界じゃ君は僕のことなんか眼中になかっただろう?」
「は?」
「思っていたんだ。元の世界、いや日本って僕にとって窮屈だなって。だから元の世界の常識なん関係ないこの世界なら君とずっと一緒にいられるだろう? おまけに転生して家族になれば君と血の繋がりも出来る。もう最高だよね!」
コイツって、こんな奴だったっけ。
駄目だ。俺の頭の容量《キャパ》を超えてて何も分からない。
つまりコイツは偶然にも異世界に召喚されたのをいいことに魔王すらも利用して俺と兄弟になったって言うのか。
何のために。
「全然分からないって顔してるね。あのね、兄さん。元の世界じゃ言えなかったけど、僕は君のことがずっと好きだったんだよ。でも君は同性愛なんて考えたこともなかった。普通に女の子と恋愛して、彼女を作ったりしてた。僕はそれが嫌で嫌で仕方なかったんだよ」
「……もしかして、俺が今までの彼女とすぐ別れてたのって」
「そうだよ。僕が邪魔してた。てゆうか、君が付き合う子たちって俺がちょっと唆しただけでその気になって、本気で君のことを大事にしようとしてなかったよ。それも許せなかったよね」
おいおい、ふざけんなよ。前世での話だって分かってても、記憶を取り戻したばかりの俺からすればついこの間みたいな感覚だぞ。
確かに俺は男を好きになったこともないし、好きになろうなんて考えたこともない。
「じゃあ、なんでお前は女に生まれ変わらなかったんだ? この世界でも同性愛は珍しい方だろ……」
「そうだね。でもなんで僕が女になんかならなきゃいけないの? 元の世界で女に君を取られ続けて悔しい思いをしてきたのに。そんなの嫌だよ。僕は僕のまま、君を愛したいし愛されたい」
転生した今の世界はお前にとって都合のいい世界ってことか。
まぁアルトとしての人生は特に問題もなく両親にも恵まれて家族仲良く暮らしていた。何の不満もない生活を送ってる。
エイリの言う通り、過去を忘れて今の生活を享受するのが一番良いんだろう。
だけど、今の俺はアルトの人格を上書きしてしまった。
今の俺は紛れもなく白瀬俊介なんだ。
そんな今の俺が、コイツの想いを受け止めるなんて出来るはずがない。
「それで、どうする?」
「どうって?」
「兄さんの記憶だよ。前世の記憶をもう一度忘れることも出来るけど、どうする?」
「…………ちょっと考えさせて」
「いいよ、分かった」
俺の、白瀬俊一の記憶を消してしまったら、本当に俺が死んでしまう気がして怖かった。
思い出してしまった以上、もうただの昔話にしておけない。
「でも兄さん、父さんや母さんの前では普通にしなきゃダメだよ?」
「あ、ああ……そうだな」
「まぁアルト兄さんと白瀬の性格は全然変わらないし、一人称が違うくらいだから大丈夫だとは思うけどね」
「そうだな。今までの記憶が消えたわけじゃないし、大丈夫だとは思う……」
「僕のこと、ちゃんと弟として接してね?」
「……わ、わかってる」
今まで通り。こいつは弟。弟のエイリ。
改めて今までのアルトとしての生活を振り返ってみると、俺とコイツの関係って普通の兄弟よりベタベタしすぎてる気がする。
これもコイツの狙いなのか。幼い頃から仲の良い兄弟。その記憶があるせいで、コイツの異常な想いも可愛い弟ならと受け入れてしまいそうになる。
これはマズい。でも急に距離を置いたら親がどう思うか。
完全に外堀を埋められているぞ。
「兄さん」
「な、なんだよ」
「改めて、これからもよろしくね?」
そう言ってエイリが満面の笑みを浮かべた。
俺は、アルトはその笑顔に弱かった。何でも許してしまっていた。
卑怯だぞ、高藤。お前だと分かっていても、その笑顔に俺は勝てないんだ。
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