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第1話
大学内の人気のない廊下を曲がろうとしたとき、角の向こうの光景を目にして歩夢 は固まった。
歩夢の恋人であるはずの拓海 が、歩夢ではない男とキスしていた。平凡な歩夢とは違う、可愛い顔立ちの男だった。
恋人に見られていることに気づかず、拓海はその男を抱き締め、男の方も甘えるように拓海にくっついている。イチャイチャしながらホテルに行こうとかそんな話をしている。
「拓海くん、また僕とエッチしてくれるの?」
「うん」
「でもいいの? 拓海くん、恋人いるのに」
「だって歩夢、ちょっと酷いんだよね」
「なにが?」
「喘ぎ声。大きい上に汚くて、引くくらい凄くてさ」
「えっ、そんなに?」
「うん。顔もぐっちゃぐちゃで、感じてくれてるのは嬉しいんだけど、一人でよがり過ぎてるの見ると、なんかこっちは冷めちゃうんだよね」
「ええー、拓海くんの恋人ってあの人だよね、たまに一緒にいるの見たことあるけど、地味で、目立たない、フツーの。エッチのときそんな感じなんだ。いがーい」
「そんな感じだから、歩夢としてもあんまり楽しめないんだよね」
穏やかな声で、爽やかに笑い、恋人も通っている大学で堂々と浮気している上に、浮気相手と共に恋人を嘲る拓海。
頭が真っ白で、その場から動けなかった歩夢だが、ふつふつと沸き上がる怒りに突き動かされ足を踏み出した。
ずんずんと、一直線に拓海に近づく。
漸く歩夢の存在に気付き、拓海はハッと目を見開いた。浮気相手も慌てた様子で拓海から一歩離れる。
「あ、歩夢……」
「今まで悪かったな、汚い顔でうるさく喘いで」
「ち、違っ……」
「もう二度と見せないし、聞かせないから、安心してくれ。これからは俺じゃなくてその可愛い子と、思う存分楽しいセックスしてくれよ」
歩夢は無表情にそう吐き捨て、踵を返す。
「じゃあな、さよなら、拓海」
「あっ、ま、待って歩夢……っ」
引き止める拓海の声を無視して歩夢はその場から走り去った。
スマホに拓海から着信やメッセージが届いたので電源を切り、夜、歩夢が向かったのはとあるバーだった。一夜の相手を捜すためだ。
拓海のことを忘れたい。せめて一晩だけでも、彼に言われた言葉を思い出さずにいたい。めちゃくちゃにされて、なにも考えられなくしてほしかった。
だから歩夢は、セックスの相手を求めてはじめてバーに足を踏み入れたのだ。
カウンター席で入店する客を観察する。そして、暫くして現れたその男に歩夢は狙いを定めた。
染めた髪、耳にはたくさんのピアス、だらしなく服を着崩し、いかにもチャラそうな男。
歩夢はその男に声をかけた。
「なあ、あんたタチだよな? 俺のこと抱いてくれない?」
なんの前置きもなくそう頼めば、男は驚いたように僅かに目を丸くした。それから歩夢をまじまじと見つめる。上から下まで品定めするように視線を走らせ、ははっと乾いた笑いを漏らした。
「うーん……全っ然タイプじゃないから、オナホ代わりとしてなら使ってもいいけど?」
お前みたいな平凡男お呼びじゃないと顔に書いてある。お前なんか相手にするわけないだろと、言外に告げている。けれど歩夢は引き下がらなかった。
「それでいいよ。オナホとして使ってくれて」
「は……?」
「ホテル代は俺が払うし、なんならあんたに金も払おうか?」
歩夢の発言に男は若干引いている。
「なに、Mなの? そういうの希望?」
「違う。別にSMなんて求めてない」
めちゃくちゃにはしてほしいが、痛め付けてほしいわけではない。けれど優しく甘やかしてはほしくない。顔がよくて遊んでそうで、明らかに歩夢を下に見ているこの男なら、適度に乱暴に、雑に扱ってくれそうだ。そういう相手を歩夢は求めていた。
探るようにこちらを見つめてくる男の双眸を見つめ返す。
この男が駄目なら、他を捜すだけだ。そう思っていたら、男が了承してくれた。
「わかった、オナホでいいならいいよ」
最低な発言だが、歩夢がショックを受けることはない。ただ、元彼の浮気相手のように可愛らしい整った顔立ちをしていたら、きっと絶対こんなことは言われなかっただろうな、と思った。
「俺は晃樹 ね」
「歩夢」
「じゃ、行こうか、歩夢」
にこやかに笑う晃樹と共に、歩夢はホテルに向かった。
「オナホ洗って準備してくるから待ってて」
部屋に入るなり、歩夢はそう言って晃樹の返事も聞かずにバスルームに直行した。洗ってから、すぐに使えるようにアナルを解してローションを仕込んだ。
浴室を出てバスローブを羽織り、晃樹が待つベッドへ向かう。
「待たせてごめん。まずフェラして勃たせようか? 俺、あんま上手くないけど」
「風呂入ってねーのに?」
「別に気にしないし。どうする?」
時間を置きたくない。今すぐめちゃくちゃにしてほしい。
歩夢の望みを察してくれたのかわからないが、晃樹はバスルームへは行かなかった。
「いいわ。自分で扱いて勃たせるから」
「ん……」
歩夢はベッドの上でうつ伏せ、腰だけを高く上げる体勢になった。バスローブの裾を捲り上げ、アナルを晒す。
背後で、ごそごそと準備する音が聞こえた。ちゃんと勃起するのか心配だったが、やがてゴムに包まれた男根が後孔に押し付けられる。
歩夢は息を吐き、衝撃に備えた。そして、ぐぬ……っと剛直がめり込んでくるのを感じた。
「んあ゛……っ」
声が漏れそうになり、慌てて枕に顔を埋めて強く噛んだ。
自分の汚い声を聞いて、思い出したくないのに元彼の言葉が蘇る。
大きくて、汚い。引くほど酷い喘ぎ声。
顔をぐちゃぐちゃにして一人で盛り上がって相手を冷めさせる。
「っん゛、ふ、ぅ゛……っ」
剛直が、ずちゅっずちゅっとローションにまみれた肉筒を行き来する。太い楔に直腸を擦り上げられ、歩夢は枕を強く強く噛み締めて、必死に声を押し殺す。
セックスのとき、自分の声が大きいのはもちろんわかっていた。ぐちゃぐちゃに乱れて、みっともない顔を晒していることも。
でも、拓海が可愛いって言ってくれたから。顔見せて、隠さないで、声聞かせて、抑えないで。
拓海がそう言ってくれたから、恥ずかしくても、全てをさらけ出した。受け入れてくれてると勘違いしていた。
違ったのだ。心の中では歩夢の醜態に引いていたのだ。そんなことにも気づかずに、歩夢はただ与えられる快楽を貪り、痴態を晒してしまった。
「う゛っ、んっ、んっ、ふうぅ゛……っ」
今になってぼろぼろと涙が零れた。抱き締める枕は歩夢の涙と唾液でしっとりと濡れていく。
忘れたくて、思い出したくなくて、オナホでいいと惨めな扱いを受け入れたのに、結局、拓海の存在が、彼に言われた言葉が、こうして歩夢を苦しめている。
肩を震わせ泣いていると、ずるんっと陰茎を引き抜かれた。
突然のことに歩夢は驚き、後ろへ顔を向ける。晃樹はまだ達していない。
「な、なんで……」
冷めた目をした晃樹に見下ろされ、血の気が引いた。
自分はオナホにもなれないのか。オナホとしても使えないのか。
ぐっと喉が詰まり、新たな涙がじわりと浮かぶ。泣けば、余計に不快にさせてしまう。オナホでいいと言ったくせに泣いてしまえば、面倒なヤツだと思われてしまう。
懸命に涙をこらえていると、体を引っくり返された。
「わっ、あっ、なに……っ!?」
「気が変わった」
「へっ……!?」
ポカンとしている間にバスローブを剥ぎ取られる。
「あっ、なに、なんで……?」
不安げに見上げれば、晃樹はニヤリと口角を吊り上げた。はじめて目にする楽しそうな笑顔だった。
「オナホ扱いはやめた」
「えっ……」
「ぐっちゃぐちゃに感じさせてやる」
「ひんんっ……!?」
ぬろぉ……っと首筋を舐め上げられ、肩が跳ねる。
「な、なに、なんでっ……?」
「気が変わったっつったろ」
「ひっひぁあっ」
耳の中に熱い吐息を吹き込まれ、ぬるぬるとねぶられる。肉厚の舌をぐちゅりと耳の奥に差し込まれてべちょべちょになるほど舐め回される。
「んひっひっあっあっ、だめ、みみだめっ」
ぞくぞくっと背筋が震え、快感に身悶えた。じゅるじゅると卑猥な水音に脳まで嬲られているような感覚になり、思考が蕩けていく。
「はっ……耳舐められただけで腰振って、もうちんぽガチガチじゃねーか。ほら、我慢汁までだらだら垂らしやがって」
「んひぃい゛っ」
亀頭を掌に握り込まれ、思わず悲鳴が漏れた。歩夢は慌てて手で口を塞ぐ。
「なに声我慢しようとしてんだよ、淫乱が」
耳元で罵られ、鈴口をぐちゅりと擦られる。
「ん゛ん゛ん゛ん゛っ」
「我慢すんな、声上げろ」
「ん゛ひっ、ぃっ、っめ、だめぇっ、きたない声、でるぅっ、でかい、汚い声っ」
「それ聞かせろって言ってんだろ」
「んあ゛っ、あっ、だめ、だめっ、聞かれたら、引かれるっ、嫌われちゃ、ぁあ゛っ」
「なに言ってんだ、お前」
「んあぁっあ゛っあ゛っあ゛っ」
「俺はお前の彼氏か?」
「んえっ……?」
「違うだろ。お前がどれだけ汚い声で喘いで汚い顔晒して、それで俺が引いたところでなんなんだよ、俺はお前の彼氏でもなんでもないんだよ、俺に嫌われたからって、お前が傷つくことなんてないだろーが」
「っあ、ひっひっひあっあっ」
ぬちゅぬちゅとぺニスを弄られながら、必死に晃樹の言葉を理解する。
確かにその通りだ。怯える必要なんてない。歩夢はただ、一晩、セックスでめちゃくちゃにしてほしくて、たまたまバーで晃樹を見つけて声をかけた。それだけの関係なのだ。
「わかったか?」
「あ゛っ、んっ、ぅんっ」
「だったら、余計なこと考えないで喘いどけ」
こくこくと頷く歩夢に、晃樹はひどく楽しそうに唇を歪めた。
「ひぉ゛っおっおっあ゛っあ゛っあ゛ーっ」
歩夢の口からひっきりなしに声が漏れる。聞くに耐えない喘ぎ声が部屋に響き渡る。
歩夢がどれだけ汚い声を出そうと、汚い顔を晒そうと、晃樹は行為をやめようとはしなかった。寧ろもっとさらけ出せとばかりに更なる快楽を歩夢に与える。
「あ゛ひっひっあっあっんっんお゛ぉっ」
ごちゅっごちゅっと直腸を男根で突き上げられ、痺れるような快感に歩夢は目を見開いて絶頂に震える。
「またイッたのか? 結腸穿られてそんな気持ちいいか? もうイきっぱなしだな」
「ん゛ひぃっ、いいぃっ、おく、おぐぅっ、ごりゅごりゅぎもちいいぃっ、おっおっあっ、いぐっ、またいぐううぅっ」
もう射精しているのかしていないのかもわからないまま、歩夢は何度も絶頂へと上り詰める。
涙と鼻水と涎で顔はぐちゃぐちゃで、耳と乳首は晃樹に舐め尽くされてびちょびちょで、下腹は吐き出した精液でどろどろに汚れていた。
あまりにも酷い状態で、けれどそんなこと気にかける余裕もないほど、強烈な快楽を与えられ続ける。
容赦のない暴力的なセックスは、痛みではなく脳髄が痺れるような悦楽を歩夢にもたらした。こんな快感を歩夢は今まで知らなかった。なにも考えられない。されるがまま、快楽に溺れるだけのセックス。
「んおっお゛っ、おひっひぐぅうっう゛うぅっうぁっ、あ゛っああぁっ」
「ははっ、しょんべん漏らすほど気持ちいいのか?」
「い゛ぃっぎもぢぃいっいあっあっあ゛っ」
歩夢は自覚なく尿を漏らし、その解放感にぶるぶると体を震わせた。
そんな歩夢を咎めることなく、晃樹は楽しそうに嗜虐の笑みを浮かべていた。腰を振り、萎えることのない肉棒で腸壁を絶えず蹂躙する。後孔を攻め立てながら、気まぐれに乳首を引っ張り、歩夢に悲鳴を上げさせた。
どんな声を上げようと、もう歩夢は気にならなかった。抑えることなくよがり声を上げ、快楽を貪る。
ぐちょっぐちょっという粘着音とパンパンパンという肉のぶつかる音が、歩夢の声に混ざって室内を満たしていた。
「んぎぃっ、ひっぐっ、んおっおっ、はひぃっ」
散々喘がされ、声が枯れてきた。頭がおかしくなりそうなほどの快感に浸かり続け、もう意識が飛びそうだった。
「おいっ、まだとぶなよ、俺がイくまでしっかりまんこ締めてろっ」
「かひゅっううぁ゛っ、あっ、締めるっ、まんごっ、ぎゅうぎゅうしゅるからっ、あ゛ああっ、いって、まんこの中でいってぇえ゛っ」
絞るようにみっちり埋め込まれた剛直を締め付ける。
晃樹が息を詰め、顔を歪めて呻いた。
最奥を穿つ亀頭が膨らみ、びくびくと跳ねながら射精を果たす。ゴムの中に精を吐き出し、息を整えてから晃樹は男根を引き抜いた。
「ん゛あぁっ」
掠れた声を上げ、歩夢はぴくぴくと体を痙攣させる。
快楽に支配され、歩夢は確かに拓海のことを忘れられた。たとえ一時でも、彼のことを微塵も思い出さずにいられた。
心地よい倦怠感に包まれ、歩夢はだらしなく頬を緩めた。
晃樹を見上げ、へらりと笑う。
「ありがと、こーき……」
歩夢はそのまま意識を手放した。
目を覚ますと素っ裸で見知らぬ部屋のベッドの上にいた。一瞬焦るけれど、ベッドの上に座ってこちらを見下ろす晃樹の存在に気付き、自分がここでなにをしていたのか思い出した。
窓の外は明るい。結構な時間眠っていたようだ。
「まだいたんだ……」
晃樹を見つめ、口から漏れた第一声がそれだった。声が掠れている。咳払いしながら体を起こすと、晃樹に水の入ったペットボトルを渡された。
「その言い方酷くね?」
「だって……」
ありがたく水をもらいながらも、彼の親切に違和感しか感じない。
だって歩夢を全然タイプじゃないと切り捨てオナホ扱いしようとしていた相手だ。歩夢をほったらかしてとっとと帰っていると思っていた。それなのに、触るのも躊躇われるほど色んな体液でどろどろに汚れていたはずの体は綺麗にされていて、それをできるのは目の前の男しかいなくて、歩夢は大層驚いた。歩夢が気絶している間に金を盗んで姿をくらましてもおかしくない。そんな印象だった男から優しくされて戸惑ってしまう。
「あ、ありがとう、色々としてもらって、ごめん……」
「別にいーよ。それよりさあ、連絡先交換しよ」
「なんで?」
にこにこ笑う晃樹に、歩夢は訝しげに眉を顰める。
「また歩夢に会いたいから。セックス気持ちよかったから、またしよーぜ。歩夢もよかっただろ?」
軽い口調で言ってくる。歩夢の予想通り、相当遊んでいるようだ。
歩夢は溜め息を零す。
「つまり、俺のこと都合のいいオナホにしたいってこと?」
「違うって! オナホ扱いしようとしてたのは悪かった、謝る!」
「別にそれは怒ってない。それでいいって言ったの俺だし」
「オナホじゃなくてセフレ! エッチしたくなったらいつでも俺のこと呼んでくれていいから!」
「ええー……」
歩夢は断ろうとした。拓海のことがショックで好きでもない相手にセックスしてもらったが、本来歩夢は好きな人としかそういうことはしたくない。セフレを作る気などない。
そう思っていたのだが、晃樹にしつこく詰め寄られやや強引に連絡先を交換させられた。
いつでも連絡していいと言われたが、歩夢から彼に連絡することはなかった。
あの日、晃樹はセックスの相手を求めてバーへ行った。今までも、そういう目的で何度も足を運んでいた。恋人は面倒だから作りたくない。けれどセックスはしたい。セフレはいるが、今日は別の相手と楽しみたい。そういう気分だった。
入店してすぐ、声をかけられた。特に特徴もない、平凡な男だ。はっきり言って全くタイプではない。抱く気にならない。
だから、さっさと諦めてほしくて敢えて最低な言葉を投げつけた。それであっさり引き下がると思ったのに、そうはならなかった。
オナホでいいと言い切る男に、ほんの少し興味が湧いた。たまにはそういう趣向もいいか、と晃樹は彼の誘いを受け入れた。このとき、晃樹は本気でオナホ扱いするつもりだった。
そして歩夢と名乗った彼は本当に文句も言わず晃樹に体を差し出した。自分で準備をして、愛撫もなしに陰茎を突っ込まれても一言も晃樹を責めなかった。
無遠慮に後孔を犯せば、歩夢は枕に顔をうずめ必死に声を抑えていた。オナホだから声を出さないように我慢しているのか、潰れるほど強く枕を抱き締め、声を押し殺している。
やがて、歩夢が泣いていることに気づいた。顔は見えないし泣き声は枕に吸い込まれて聞こえないが、震える肩と僅かに聞こえた鼻を啜る音でわかった。
まさか、晃樹にオナホ扱いされて泣いているわけではないだろう。嫌な顔もせず、それでいいと言ったのは歩夢だ。泣くくらいならはじめからそんな要求受け入れなければいいのだから。
涙の原因は晃樹ではない。
アナルはローションで濡れてしっかりと解れている。痛いわけでもないだろう。
歩夢には泣くようななにかがあったのだ。それで、オナホでいいから誰かに抱かれたいと思った。
そのなにかを思い出し、歩夢は泣いている。つまり、胎内に晃樹の男根を突っ込まれながらも他のことで頭が埋め尽くされているのだ。
そう考えると癪に触った。
歩夢が晃樹に抱いてほしいと望んだから、こうして抱いてやっているというのに。オナホ扱いを棚に上げ、無神経な歩夢に腹が立った。
歩夢のような平凡な男、いつもなら全く相手にしないのだ。気紛れで相手をしてやれば、当の本人は晃樹ではなく他のことに気を取られめそめそと泣いている。
その事実に苛立ち、歩夢の意識を晃樹に向けさせたくて、晃樹のことしか考えられないようにさせたくて、オナホ扱いをやめて快楽でぐずぐずにした。丁寧に時間をかけて愛撫を施し、歩夢から理性を剥ぎ取った。
歩夢は恥じらいもなくはしたない嬌声を上げ、だらしない顔を晒し、晃樹の与える快楽に溺れた。その彼の痴態に、晃樹の心は満たされた。全くタイプではないはずのその顔が歪み、声を上げて乱れる歩夢を見ていると堪らなく興奮し、もっと溺れさせたい、もっと自分に夢中にさせたい、そんな欲求に駆られた。最終的に尿まで漏らして泣き喘ぐ歩夢に嫌悪もなく更に情欲は高まり、晃樹は精を吐き出した。
息も絶え絶えの歩夢は、晃樹を見上げ、ぐちゃぐちゃの顔に笑みを浮かべ礼を言った。
その笑顔に、晃樹の心臓は撃ち抜かれた。
歩夢に対し、可愛くて、愛しいという思いが沸き上がったのだ。
絶対に歩夢を自分のものにしたい、そう思った。
けれど、告白はしなかった。なにせ最初の印象が最悪なのだ。オナホだ。オナホ扱いしようとしていた最低な男からの告白が、受け入れられるはずがない。晃樹ならば相手を侮蔑しふざけるなと暴力を振るっていただろう。
自業自得だ。そこはもうどうすることもできない。
それにオナホの件がなくても、泣いていた歩夢になにかがあったのは確実で、それは恐らく恋人か片思いの相手か、失恋したのか浮気されたのか、恋愛に関する、歩夢が泣くような出来事が起きたのだろう。そんなときに、出会ったばかりの男に告白されてもやはりすんなり受け入れられることはないだろう。
だから、とりあえずセフレとして関係を築こうとした。晃樹のテクニックで歩夢をメロメロにし、まず体から落とそうと思った。もう晃樹のセックスなしじゃ生きていけなくなり、歩夢が晃樹から離れられなくなったところで告白しようと考えた。
無理やり連絡先を交換したが、しかし、歩夢から晃樹に連絡が来ることはなかった。連絡はいつも晃樹からだ。誘えば、用事がなければ歩夢は来てくれる。セックスもしてくれる。気持ちよさそうに快楽に蕩けた顔を見せてくれる。
けれど、歩夢から抱いてほしいとせがまれることは皆無だった。
晃樹が連絡しなければ、歩夢との関係はあっさり途切れてしまう。歩夢から求めてほしくて焦らそうと思っても、晃樹の方が耐えられなかった。一週間が限界で、その間、歩夢が晃樹以外の男とセックスしているんじゃないかと思うと気が気ではなく、他の男に取られてしまうのが怖くて、一週間以上連絡をしないのは無理だった。
こんなはずじゃなかったのに。当初の計画では歩夢はもう晃樹とのセックスに溺れて晃樹のちんこなしでは生きられなくなっているはずだったのに。そしてそんな歩夢に告白して、晴れてラブラブカップルに発展するのだ。
しかし全くそうはならなかった。
うまくいかず晃樹はやきもきしていた。
どうすればセフレ以上の関係に進めるのか。とにかく歩夢ともっと親しくならなければ。そう考えて、歩夢を自宅に呼んで互いにシャワーを浴びた後、寝室に行かずリビングでお酒を振る舞った。セックスするために呼んだんじゃないのかと訝る歩夢を宥めてお酒をすすめた。今日はセックスではなく歩夢と親しくなるのが目的なのだが、それを言えば歩夢は帰ってしまうだろう。親しくなりたいと正直に伝えても、たくさんのセフレの内の一人でしかないと思っている歩夢は警戒するはずだ。なにか裏があると疑われ、もう会ってもらえなくなってしまう可能性もある。
だからそれは隠してお酒を飲ませたのだが、歩夢は少し飲んだだけであっという間に酔っ払ってしまった。
今日はそんなつもりじゃなかったのに、頬を赤くして、目をとろんとさせて、ふにゃふにゃになった歩夢を見てるとムラムラしてきた。
「酒弱すぎだろ。お前絶対他のヤツと飲むなよ」
「んんー?」
晃樹を見上げて首を傾げる歩夢が可愛くて、我慢できずにキスをしようとすれば顔を背けられた。
キスを拒まれるのははじめてではないが、何度目でもショックは大きい。
「歩夢、なんでキスさせてくんねーの?」
「……お前、オナホにキスすんの?」
「ぐっ……」
酔っ払いのくせに、的確に痛いところを突いてくる。その件についてはもう謝るしかない。
「それはマジでごめんって。歩夢のこと、今はそんな風に思ってねーし!」
「別に怒ってないって言ってる」
「じゃあなんでキスさせてくんないの?」
「……晃樹は、ゲイじゃないだろ?」
「へ? まあ、うん」
晃樹はゲイではない。寧ろどちらかというと女性を抱く方が好きだった。もちろん今は歩夢一筋だけれど。
「男が好きなわけじゃないのに、全然タイプじゃない男にキスして楽しいの?」
「んぐっ……」
また痛いところを突かれて晃樹は床に倒れ伏した。
なんであんなこと言ってしまったのか。あのときの自分をボコボコにしてやりたい。
怒ってないと歩夢は言うが、記憶にはしっかりと残っているのだ。
晃樹が好きだと告白したところで信憑性など全くない。寧ろからかわれていると勘違いされて終わるだろう。
ラブラブカップルになるのはまだまだ先になりそうだ。こればかりは自分が悪いので、時間をかけて、告白してもちゃんと信じてもらえる関係を築いていくしかない。道のりは長そうだ。
床にふせったまま深い溜め息を吐き出したとき、歩夢の鞄の中で着信音が鳴っていることに気づいた。
「歩夢、電話鳴ってんぞ」
「んー?」
歩夢は面倒臭そうに鞄を漁ってスマホを取り出す。画面を見て顔を顰め、そのままスマホを伏せる。
「なに? どうした? 誰から?」
「元彼……」
「はああ!?」
晃樹はがばりと体を起こし、歩夢に詰め寄る。
「元彼!? 別れた彼氏と連絡とってんのか!? なんで!? 別れたのに!?」
「なんでって……向こうが一方的に連絡してくるんだよ」
元彼、ということは、あの日泣いていた原因は彼氏なのだろう。恐らく歩夢が泣くようなことが起きて、それで別れたのだ。
歩夢を泣かせたくせに、今もこうして連絡してくるなんて、と顔も知らない相手に怒りが沸いた。
「まさか、ヨリ戻したいとかそんなこと言われてるわけじゃないよな?」
「んー……なんか、別れたくないとか、そんなこと言ってくる」
「はああ!?」
晃樹はうとうとしている歩夢の肩を揺さぶった。
「まさか、またそいつと付き合おうとか考えてないだろうな!?」
「そんなわけないだろー。あんなヤツともう絶対付き合う気なんてねーよー」
かくかく首を揺らしながら歩夢ははっきりと言い切った。
断言するということは、それだけ酷い仕打ちを受けたのだ。初対面のとき歩夢に放った自分の発言を棚に上げ、その元彼はとんでもない最低な男なのだと決めつける。
「だったら、なんで今も連絡取り合ってんだよ!?」
「だからー、一方的に、来るんだってー」
「消せよ、そんなヤツの連絡先! 着拒しろ、ブロックしろ!」
「だってー、やり方わかんないんだってー」
「はああ?」
晃樹はイライラして、不機嫌な声を上げてしまう。
歩夢は元彼からの連絡を内心喜んでいるのではないか。そんな風に考えてしまって、苛立ち、口調が刺々しくなる。
「お前がいつまでも連絡先残しておくから、いつまでも未練がましくこうやって連絡くるんだろ! 向こうはお前とヨリ戻せるって勘違いしてるかもしれねーんだぞ!」
「だーかーらー、わかんないんだって!」
しつこく言い募る晃樹に歩夢も段々イライラしてきたようだ。苛立ちに任せるように、晃樹にスマホを押し付ける。
「そんなに言うなら、晃樹がやってよ!」
「えっ……」
途端に怒りが霧散し、戸惑いながら押し付けられたスマホを受け取る。
「いいのか?」
「うん」
あっさり頷き、歩夢は警戒心もなく暗証番号も教えてくれた。
動揺しつつ、晃樹は迷いのない動きでスマホを操作した。
こんな簡単に、個人情報が詰め込まれたスマホを晃樹に預けるなんて。酔っているとはいえ、晃樹だったら絶対そんなことはしない。
歩夢は画面を確認することもなく、全く興味なさそうにクッションを抱き締め床に転がっている。
これは、晃樹を信頼してくれているということなのではないか。少なくとも晃樹は、余程相手を信頼していなければ、自分のスマホを他人に操作させたりはしない。
晃樹は前向きに捉えた。スマホを預けても問題ないと思えるくらい、歩夢は晃樹のことを信用してくれているのだと。
舞い上がった晃樹は床で丸くなる歩夢に抱きついた。
「歩夢~、キスしよ」
「やだ。しない。もう寝る」
「ええっ」
歩夢はもう完全に寝る態勢に入っている。お酒を飲むと眠くなってしまうようだ。
「歩夢、寝る前に歯磨きしないと」
「んー」
半分寝ている歩夢を洗面所へ連れて行き、歯磨きしてあげる。こんなこと今まで誰にもしたことはない。面倒見がいいわけではないはずなのに、されるがままの歩夢を見ているとなんでも世話を焼いてやりたくなる。
歯磨きを終え、ベッドに運び、すやすやと眠る歩夢の寝顔を見るとなんとも言えない達成感のようなものを感じた。
晃樹も隣に潜り込み、ぐっすり眠る歩夢を抱き締め、心地よい眠りに落ちていった。
翌朝。晃樹に抱き締められている状態で歩夢は目を覚ました。いつの間に寝たのかと記憶を巡らせ、ハッとなって体を起こす。歩夢にぴったり密着していた晃樹も、それで目を覚ました。
「ん~? 今何時? って、まだ六時じゃん……」
あくびしながらスマホで時間を確認する晃樹に、歩夢は謝った。
「ご、ごめん、晃樹! 俺、昨日寝ちゃって……」
セックスするために呼ばれただけなのに、強引に勧められお酒を飲んで、酔って眠ってしまった。
「そんなのいーから、二度寝しよ。まだ眠い」
「っわ……!?」
ぐいっと再び布団の中へ引き込まれる。
歩夢を抱き枕のように抱き締め、晃樹はすぐにまた寝息を立てはじめた。
すやすやと気持ちよさそうに眠る晃樹を起こすこともできず、歩夢はおとなしく彼の腕の中に収まっていた。
どうしてセックスしなかったのだろう。そのために歩夢を呼んだのではないのか。途中でそういう気分じゃなくなったのだろうか。
セックスもしないで、抱き締めて、ただ同じ布団で眠るなんて。
こういう扱いは困る。
歩夢はただのセフレなのに、勘違いしてしまいそうになる。
晃樹の、たくさんのセフレの内の一人。しかもそのたくさんのセフレの中でも恐らく三軍に位置するのが歩夢だろう。勝手な想像だけれど。
三軍なら、もっと三軍らしく扱ってくれなければ困る。
セフレなんて作る気のなかった歩夢が、晃樹の呼び出しに応じて何度もセックスをしてきたのは、彼に感謝していたからだ。あの日、拓海の言葉に傷ついていた歩夢を、酷い醜態を晒す歩夢を、ちゃんと最後まで抱いてくれた。歩夢が望んでいた通り、快楽でめちゃくちゃにしてくれた。
そのことを、歩夢はとても感謝しているのだ。
だから、性処理に付き合ってもいいと思い晃樹の誘いを断らなかった。
ただ性欲を発散するために歩夢とセックスするのだと思った。けれど、晃樹は決して歩夢をぞんざいには扱わなかった。歩夢が快楽でとろとろになるまで丁寧に愛撫し、痛みを感じるような乱暴な抱き方はしなかった。
最初は晃樹の手間を省くために歩夢が自分で後ろの準備をしてから会っていたのだが、それもしなくていいと言われた。それ以降は晃樹の手でぐちょぐちょになるまで後ろを解され、性処理のためのセックスとは思えないほど時間をかけ、歩夢を抱いた。
戸惑うほど優しくて、でも、きっとただの気まぐれだ。だから、すぐに飽きるだろうと思っていた。全然タイプじゃない歩夢など、何度か抱けばすぐに興味を失うだろうと。
しかし晃樹との付き合いは歩夢が想像していたよりも長くなっていた。
結構な頻度で顔を合わせ、優しく甘やかすようなセックスをされる。
ただのセフレだとわかっているはずなのに、このままこの関係を続けていたら、勘違いしてしまうのではないかと怖かった。
もう、晃樹とは会わない方がいいかもしれない。
そんなことを考え、彼の腕に抱かれながら、いつしか歩夢もまた眠りに落ちていた。
目を覚ますと昼で、晃樹は歩夢に朝食兼昼食を振る舞ってくれた。
そのまま、セックスはせずに彼の家を後にする。
晃樹と会い、セックスをしなかったのははじめてだった。
遂に歩夢の体に飽きたのかと思ったが、またすぐ連絡するから~とにこにこ笑う晃樹を見る限り、そういう感じでもなさそうだ。セックスするために呼んだ歩夢がセックスする前に寝落ちてしまったことについても一言も責めることはなく、終始ご機嫌な様子だった。
ふと晃樹のことばかり考えている自分に気付き、歩夢はぶんぶんとかぶりを振る。
やっぱり、もう晃樹には会わないことにしよう。
決意を固めたところで自宅のアパートに辿り着いた。そしてドアの前に立つ人物を見て歩夢は顔を顰める。
「なにしてんだよ、拓海」
歩夢が帰ってきたことに気付き、拓海はほっと肩を落とした。
「歩夢、よかった、会えて……」
「俺は会いたくなかった。なんなんだよ、人の家まで来て」
「だって、電話しても通じなくなってたから……」
そういえば、昨日晃樹がごちゃごちゃうるさかったから面倒になってスマホを渡したら、なんだか色々と弄っていた。すっかり忘れていたが、晃樹が拓海の着信を拒否するように設定したのだろう。
「話したいのに、大学でも全然会えないし……」
大学では学部が違うので、待ち合わせなければそもそも会う確率は低かった。拓海の浮気が発覚してからは、歩夢が徹底的に彼を避けているので会うことはなかった。
「話すことなんてないだろ」
歩夢は吐き捨てるように言って、拓海をドアの前から押し退ける。
「待ってよ、歩夢っ。ちゃんと話し合おうっ」
「拓海、お前自分がなに言ったか忘れたのか?」
浮気相手と一緒に歩夢を笑っていたくせに、よくもぬけぬけと話し合おうだなんて言えるものだ。
白ける歩夢に、拓海は悲愴感たっぷりの顔で言い募る。傷つけられたのはこっちなのに、なんで傷つけられたみたいな顔をされなければならないのかわからない。
「あれは誤解なんだ! 僕が好きなのは歩夢だけだよ、本当なんだ、信じてっ」
「好きな相手のこと、陰であんな風に言うヤツのことなんて信じられない」
「歩夢っ」
「もう二度と顔も見たくない。迷惑だからとっとと帰れよ」
歩夢は拓海をその場に残し、部屋の中に入った。
ずっとドアの前に立たれたらどうしようと思ったが、暫くしたら立ち去っていく足音が聞こえてきた。
歩夢は深く溜め息を吐き出す。
なんだかどっと疲れた。
鞄を乱暴に床に放り、ベッドに倒れ込む。鞄から滑り出たスマホがチカチカと光っていた。手を伸ばして拾う。見ると、晃樹からメッセージが届いていた。無事に家に着いたかどうか確認する内容だった。
いつものことだが、マメな男だ。セフレ全員にこんなことをしてるのだろうか。何人いるのか知らないけれど、こういう気遣いができるからモテるのだろう。けれど、歩夢にまでこんなことしなくてもいいのに。
拓海のことでもやもやして、少し前に別れたばかりだというのに、なんだか無性に晃樹の声を聞きたくなった。晃樹に会えば、この鬱屈した気持ちも晴れる気がした。
その気持ちを振り払い、歩夢はきつく目を閉じた。
あれから数週間、歩夢は晃樹と会っていない。忙しいから暫く会えないとメッセージを送り、晃樹から来る連絡は全て無視している。その内連絡も来なくなるだろう。歩夢のことなどすぐに忘れられ、それで二人の関係は終わるはずだ。
きっともう二度と会うことはない。
晃樹のことを考えるとなんとも言えない気持ちになり、歩夢は意識的に彼のことを頭から追いやった。
大丈夫だ。今ならまだ、忘れられる。
そう自分に言い聞かせながら毎日を過ごしていた。
「歩夢っ」
講義を終えて一人中庭を歩いていると、待ち伏せしていたかのように拓海が現れた。実際、待ち伏せしていたのかもしれない。拓海にばったり会うことのないよう、遠回りしたり人目につかない道を選んだり工夫していたのだが、それがバレてしまったのだろう。
進行を妨げるように立ち塞がる拓海に、歩夢は心底うんざりして深く溜め息を吐いた。
「ほんとになんなんだよ、もう……」
「歩夢、お願いだから、ちゃんと話し合おう? 僕、歩夢と別れたくないよ」
「もうとっくに別れてるんだって。今更話すことなんてない。お前にはあの浮気相手がいるだろ」
「あの子とはあれ以来もう会ってない」
拓海は必死に訴えかけるように一歩踏み出してくる。
「あのとき言ったことは本心じゃないんだよ。あんなこと、本気で思ってるわけじゃないっ」
じゃあなんであんなこと言ったのだ。口に出して突っ込むのも面倒だった。
謝られても許すつもりはないが、拓海は言い訳ばかりで一言も謝罪していない。悪いと思ってないのだろう。
拓海の言葉が耳から耳へと抜けていく。もうなにを言われようと、なにがあろうと、拓海とやり直すつもりは微塵もない。
つらつらと紡がれる言い訳を聞き流しながら、どうすれば諦めてくれるのだろうと考えていた。
そのとき。
「見つけた、歩夢っ」
現れた第三者が、ぶつかるように歩夢に抱きついてきた。
「ぅおっ……!?」
よろけるが、ガッチリと抱き締められて、倒れることはなかった。
「会いたかった~!!」
ぐりぐりと頬擦りしてくるのは晃樹だった。
「ちょ、な、なんで晃樹がここにいるんだよっ?」
「歩夢に会いに来たに決まってんだろ!」
そういえば、以前通っている大学を訊かれたのだった。特に隠す必要もないと思い教えたのだが、まさか押し掛けてくるとは。
「待って歩夢、誰、その男!?」
拓海が浮気を責めるような目で見てくるが、絶対に拓海に歩夢を責める権利はない。そもそももう別れているのだから責められる謂れはない。
「拓海には関係ない」
「拓海? 誰? なんなのこいつ?」
今度は晃樹が剣呑な空気を放ち、拓海を睨めつける。
「もしかして、こいつが元彼? 別れたのにしつこく連絡してきてうざいって言ってた? マジ最低最悪のクズ野郎の元彼?」
歩夢はそんなこと言った覚えはないのだが。元彼なのは間違いないので、頷いておく。
「まさかまだ言い寄られてんの? 歩夢のこと泣かせておいて、図々しいにもほどがあんだろ」
元彼に泣かされたなんてことも、晃樹には言ってないと思うのだが。
「あ、歩夢、誰なの、この失礼な男は!?」
散々な言われように、拓海も憮然として詰め寄ってくる。
なんと答えようか迷って返事が遅れた。その隙に、晃樹が先に口を開いた。
「俺は歩夢の彼氏だよ」
「は……?」
「な、そ、そんな、嘘だ……!」
歩夢はぽかんと晃樹を見上げた。
信じられない、という顔を見せる拓海に、晃樹は唇の端を吊り上げる。
「嘘じゃねーし。もう何回もセックスしたし」
「嘘だ、嘘だよね、歩夢……!?」
「嘘じゃないよな、歩夢」
「へ? あ、うん、まあ……」
セックスしたのは事実なので頷いておく。
ショックを受ける拓海に、晃樹は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ほらな。テメーとはしたことないプレイももう散々してんだよ。歩夢をめちゃくちゃよがらせて、ぐっちょぐちょのラブラブセックスしまくってんだ」
「っ、っ、あ、歩夢、こんなチャラそうな男、歩夢に合わないよ。絶対歩夢に隠れて遊び回ってるに違いないんだからっ」
拓海は真剣な顔でお前が言うな的な発言を平然としている。
呆れて言葉も出ない歩夢の代わりに、晃樹が馬鹿にするように笑う。
「はっ、俺は歩夢一筋だっつの。俺のちんこはもう歩夢専用なんだよ。そして歩夢はもう俺のちんこなしじゃ生きていけない体になってんだよ」
晃樹は晃樹でアホみたいな嘘をどや顔で言ってのける。
「いい加減諦めろ。もう歩夢は俺のもんなんだよ。歩夢を泣かせるようなクズ野郎には絶対渡さねー」
拓海はもうなにも言えなくなっていた。ただ絶望したような顔で立ち尽くしている。
「行こうぜ、歩夢」
歩夢は晃樹に手を引かれるまま、拓海を残してその場から離れた。
晃樹に連れてこられたのは彼の暮らすマンションだ。流れでそのままついてきてしまった。
ソファに並んで座ったところで、そういえばもう晃樹とは会わないつもりだったのだと思い出した。というか、晃樹はなんのために歩夢に会いに来たのだろう。
「えっと、どうしたの? 俺になんか用?」
尋ねれば、晃樹はむっつりと唇を尖らせる。
「歩夢、なんで連絡無視すんの?」
「えっ、や、ほら、忙しいって言ったじゃん……」
「一言も返事返せないくらい忙しかったっつーのかよ?」
「そ、それは……」
これは予想外だ。歩夢が返信などしなくても晃樹は気にも留めないと思っていた。このまま疎遠になるだけだと思っていたのだ。だから全く言い訳が思いつかない。
「もしかして、もう俺と会わないつもりだったとか?」
「いや、その……っていうか、さっきのなんなの?」
正直にそうだと頷くこともできず、歩夢は無理やり話題を変えた。
「さっきのって?」
「拓海に色々言ってたじゃん。なんであんな適当なこと……」
正直、助かったと言えば助かったのだけれど、どうして晃樹があんなことを言ったのかわからない。
「適当じゃねーし」
「いやいや、嘘ばっか言ってたじゃん」
彼氏だとか歩夢一筋だとか、よくもまああんなにすらすらといい加減なことが言えるものだと感心した。
「嘘じゃねー」
晃樹は強く歩夢の手を握った。
「回りくどいのはもうやめる」
晃樹の真剣な瞳がまっすぐ歩夢に向けられる。
その視線に、歩夢は戸惑う。
「歩夢、俺と付き合って」
「は……?」
「セフレじゃなくて、俺の恋人になって」
「………………なんで?」
思いっきり怪訝な表情を浮かべれば、晃樹は怒ったように声を荒げた。
「いや、好きだからに決まってんだろ!」
「いやいやいやいや、あり得ないし」
「はあ!? なんでだよ!?」
「全っ然タイプじゃないって自分で言ったんだろ」
「ぐっ……言った、言ったけど!」
晃樹は痛いところを突かれたように顔を歪めた。
「ほんとにタイプじゃなかったし、好きになるなんて俺も思ってなかったけど、でも好きになったんだよ! 今は歩夢のことめちゃくちゃ可愛いって思うし! 機械に疎くてスマホ全然使えてないのも可愛いし、お酒弱くてすぐ酔っ払うのも可愛いし、普段そっけないのにエッチのときぐずぐずになるのも可愛いし」
「なっ、は、なに言って……っ」
「歩夢のこと好きだから、元彼なんかに渡したくねー。元彼だけじゃなくて、誰にも」
そんなわけないって思うのに、らしくなく必死な様子で言ってくるから、心がぐらついてしまう。
「いや、だって、晃樹、セフレいっぱい、いるじゃん……」
「全部切った。歩夢とセックスしてから、歩夢としかしてねーよ」
「はああ!? う、嘘だろ、そんなん……」
目を丸くする歩夢に、晃樹は至って真面目な顔で言う。
「嘘じゃないって」
「…………」
「無理やり連絡先交換したのも、ほんとは歩夢と付き合いたかったからだし」
「でも、セフレって……」
「付き合いたいっつっても、信用しなかっただろ」
「そりゃ、まあ……」
全然タイプじゃないと言われ、オナホ扱いしようとしていた男に付き合いたいと告白されて信じろという方が無理だろう。
「だからまずはセフレからって思ったんだよ」
「普通、まずはお友達からじゃないの?」
「友達になってって言ったらなってくれたのかよ」
「ならないけど」
友達になってほしいなんて言われたら、それこそ意味がわからなくて不気味に思っただろう。
歩夢の手を握る晃樹の指に力が入る。
「なあ、やっぱ信じらんない? 俺の気持ち、信じてもらうこともできない?」
切なげに歩夢を見つめる晃樹の瞳に、嘘は感じられない。もう、嘘をついているとは思えなくなっていた。
「信じられないっていうか……なんで? って思うから……」
「俺と一緒にいんの嫌? もう会いたくない?」
「そんなことは、ない……」
「好きって言われて迷惑?」
「迷惑、とは、思ってない……」
ぐぐぐっと詰め寄られ、歩夢の体はどんどん後ろに傾いていく。もう殆どソファに押し倒されている状態だった。
「俺のこと嫌い?」
「嫌いでは、ない……」
「俺とエッチすんの嫌?」
「や、じゃない……」
「キスは? 俺とキスすんの嫌? したくない?」
「キス、は……」
歩夢は今まで頑なにキスを拒んできた。
セフレとは言っても、晃樹にとって歩夢とのセックスは性欲処理でしかない。勘違いしないようにと、そう自分に言い聞かせてきた。でも、キスをしてしまったら、性欲処理という行為から逸脱してしまう。成り立たなくなってしまう気がした。
だから、セックスはしてもキスはしなかったのだ。
嫌だったわけではない。キスをしたら、ただの性欲処理だと思えなくなってしまうのではないかと怖かったのだ。
熱を孕んだ晃樹の双眸から目を離せない。
拒めない。
「嫌、じゃ、ない……」
顔を真っ赤にしてそう言えば、晃樹は嬉しそうに笑った。
ゆっくりと顔が近づき、唇が重なる。
ちゅ、ちゅ、と触れ合うだけの、子供のようなキスを交わした。
唇を離すと、晃樹はへにゃりと屈託のない笑みを浮かべる。
「ははっ……やっと歩夢とキスできた」
くっついた胸から伝わってくる晃樹の鼓動は速い。キスだけで頬を赤くして、心臓は破裂しそうなほどばくばくしていて、無邪気に笑う晃樹を見て、どうしようもなく胸がきゅんと締め付けられた。
「…………返事、ちゃんと考えるから、もう少しだけ、待って」
晃樹に惹かれているのは確かで、殆ど傾いている状態だったけれど、雰囲気に流されて勢いで言いたくなかった。
掠れる声で伝えれば、晃樹は頷く。
「もちろん、待つよ」
そう言って胸元にすり寄ってくる晃樹をもう可愛いとしか思えなくて、二度と会わないつもりでいたはずだったのにな、と晃樹の頭を撫でながら、歩夢はぼんやりと天井を見上げた。
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