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第25話 ももちゃん
久しぶりにゆっくり起きた。
携帯の時計を見ればもう9時を過ぎている。
自分で店を構えてからはずっと朝早くから仕事をしていたせいで、
こんなにゆっくり起きた朝は本当に久しぶりだ。
なぜだか少しの罪悪感すら感じる。
小さいとはいえ、店の切り盛りのすべてを独りでやらなければならないのは、
わかっていたことだとはいえ、けっこうなプレッシャーとの戦いだ。
だから自分から「休もう」などとは到底、思うことはできなかったし、
なんなら休むよりも動いているほうがずっと、気持ちが楽なのだ。
そのため、
週に一度、店の定休日はあるのだが、
その日もなんだかんだ、朝早くから動き回っていることが多いのだ。
そんな中、本当にめずらしく
今朝はゆっくりとした朝を迎えているその理由は、
自分で決めたことでも、店を開ける以外の予定があったわけでもなかった。
ベッドの上に起き上がると無意識に背伸びをする。
そのまま軽くシャワーを浴びた。
キッチンでインスタントコーヒーを淹れると
ふっと
コーヒー好きのカズのことが頭をよぎった。
今日・・・今朝。
カズは花を届けに行っただろうか・・・と何気なく考える。
なぜなら今日、午後から店を開けることになった理由が
カズと関係しているからだ。
自分の意思とは別に、
今日の午前中を休んだ理由は
椿に「店のオープンを午後に出来ないか」と頼まれたからだ。
そのときにはなぜ、
椿がそんなことを言うのか
見当もつかなかったが、
昨日の朝、
いつものように朝早くに花を届けに来てくれたカズから、
明日・・つまりは今日の午前中に、
スタジオに花を届けに行くことになったと、
とてもふてくされた顔して言われていたのだった。
そこではじめて、
椿がカズに直接、スタジオに花を持って来て欲しかったので、
自分の店を午後に開けて欲しいと頼んだのだということがわかった。
カズの家は・・・というより、カズ自身が・・・
生花の卸や「花」にまつわる、世話になってるヒトたちの中で、
知らない人はいないと言われるくらいに有名だった。
といっても、
俺自身は自分が花屋をやろうと思ってからそのことを、
すでにカズと卸の提携をしていた蓮水経由で知ったのだが。
カズが直接、花を届けに行く店やヒトは基本、カズ自身が選んでおり、
そしてその店やヒトは半年もすれば
「とても繁盛する」「人気になる」と言われているのだ。
さらには直接卸しに行く店やヒトはカズ自身が決めていて、
それは数えるほどしかないってことも有名だった。
嫌味も含めてだろうか、
「気に入った店にしか顔を出さない」
なんて言い方もされている。
そんなカズとはもともと知り合いではあった。
けれども仲が良かったのは夏向 のほうで、
俺はそこまでアイツを知らない。
そもそも蓮水が先にカズと取引をしていたので、
俺はまずは蓮水へ頼み、
そこからカズに話しをさせてほしいと頼んだのだった。
カズがなにを基準に、
直接卸しに行く店を決めているのかは知らない。
ただ、
俺はどうやらそのテストには合格したようで、
基本的には毎朝直接、カズが花を届けに来てくれる。
そんな中、昨日のカズを思い出す限り、
今日のスタジオへの花の運搬は、
おそらくカズ本人の意思ではないのだろうということだった。
つまりは椿がどうにかして、カズを・・・カズの家を・・・
そのように動かしたということだ。
花の世界ではとても大きな存在のカズに、
椿がなにを思っているかはわからないが、
きっと、
今日の撮影は花を使っていて、
そうして、
もしかしたらいつもとはなにかが違っているのかもしれないと思った。
自然と夏向 を想う。
今日はバイトだろうか。
コーヒーの香りに包まれながら無意識に携帯を持つと、
そこにはちょうど夏向 からのメッセージが来ていた。
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