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出発

「ノアは強いひとだね」  出立の日は真夏だった。  スタートはコリンのコミュニティ。  ボスや一族に挨拶をして、旅立ちの準備はすべて整った。 「お前のほうがよっぽど強いと思うが」  コリンの言葉にノアは笑って言う。  必要に迫られた瞬間、仕事のことも家のことも、すべて片付けに行った。  おまけに森の奥深く、狼男のコミュニティなどといった危険極まりないところへ一人で踏み込んできた。  確かに『強いひと』なのかもしれない。  でもそれはコリンという、自分を大切に想ってくれる存在が居たからできたことだ。 「出逢ったとき、オレのことをあんなに怖がってたのに。犬は苦手だからって。そのノアが」  その点からしても確かに、とノアはむしろ笑ってしまう。  あのとき。  コリンだけでなく多分自分もまだ幼かった。成人はしていても、今よりずっと思考が拙かったのだ。  その自分を成長させてくれたのはコリン。  このひとがいれば、自分はずっと強くあれる、という確信だった。 「サラちゃんならきっと、ノアに負けないくらいいい魔女をしてくれるよね」  あれからコリンとサラをきちんと紹介していた。  一人立ちするサラに、祖母の代からノアの暮らしていた魔女の家を譲ることになったと、改めて説明して。 「おい、流石に一人立ち直後のドジっこと比べられては困るな」 「あはは、ノアが『サラなら大丈夫だから』って言ったんじゃない」  コリンは心底おかしそうに笑う。  確かにそう言ったのはノアであるが。  顔合わせをしたコリンに、『ノアのこと、よろしくお願いしますね』と言ってくれたサラ。  その姿はノアより年下でありながらも、しっかりとした一人前の魔女だった。  彼女ならきっと、街のひとたちを助ける新たな魔女の務めを果たしてくれるだろう。 「さぁ、行こうか」  コリンが手を差し出す。  新たな地へ向かうために。  ノアは迷わずその手を握った。 『オレにとって一番あったかいひと』  コリンはそう言ってくれた。  ノアにとっても同じことなのだ。  コリンと一緒にいると、あたたかい感情が次々に湧いてくる。  空に浮かぶ月が優しく照らしてくれるように、コリンの手がこれから自分を導いてくれるだろう。  秋のあの日、手を繋いで森を歩いたように、今から歩いていく。  ゆく道の先になにがあるのか。  どこへ行きつくのか。  まったくわからないけれど、そんなふらりとした旅立ちも狼男らしいもの。  そして一人前の狼男として出立するコリンなら、きっと素晴らしい居場所を見つけられることを、ノアはしっかり確信していた。  辿り着いた居場所でまた美味しいシチューを煮よう。  良い香りで満たそう。  魔女の仕事も再開したい。  数々の希望があったが、一番大きなこととしては、いつか住まうことになる家には大きな窓が欲しい、と思う。  夜になったら煌々と輝く月が見える、大きな窓が。  月の巡るひとつきを、二人で見よう。  新月の夜も満月の夜も、やさしい光に見守られながら二人で過ごせるように。  (完)

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