5 / 18

第5話 僕らの崖っぷち

 最初のうち(初えっちから一週間以内のこと)僕は駿との関係がすぐに終わると思っていた。  そう思ったことに特に理由はなくて――というのは嘘で、あるといえばあるのだけど、つまり駿はもともと男が好きな人間ではないし、たまたまえっちの相性が良かったとしても、一回でさようならしたっておかしくない。  だいたい男同士の関係には続ける理由も続けない理由も特にない。相手に飽きたり他の男に目移りすれば別れるし、そのくせ別れたあともだらだら友達づきあいを続けたりする。駿と出会った頃はさすがにやめていたけど、僕は大学を卒業する前に別れた元カレとそのあと二年以上会っていた。むこうは新しい彼氏をみつけているにもかかわらず、だ。  もちろんこんな話、駿にはしなかった。それに初えっちの日から時間が経っても、僕らはおたがいに夢中だったのだ。すごい、奇跡だ。  一度リアルでえっちするとVRでキスするだけじゃ物足りなかった。駿もおなじだったようで、次の週末も僕らは会って、前とはちがうラブホに行って、お風呂場のマットでぬるぬるローションプレイにいそしんだ。でも次の約束をするときになると僕はすこし冷静になった。変な見栄を張りたくなかったから、割り勘でも毎回ラブホに行くのはきついというと、駿は最初自分が出すといった。それも嫌だと僕がいうと、駿は「それなら俺の家に来る?」といった。  そこは遠目には崖っぷちに立っているようにみえるおかしな形のマンションだった。凸凹に突き出た窓がずらりと並んでいて、斜めからみると蜂の巣を連想させる。僕が住んでいた木造アパートよりずっと頑丈そうで、重い扉をあけて一歩入ると中はとても静かだった。靴を脱いであがったとたん駿の腕が僕の背中に巻きついて、僕らは頭がぐちゃぐちゃになりそうなキスをしながらベッドの上に倒れこんだ。  回数を重ねるとえっちはマンネリ化すると思っていたけど、何か月か過ぎてもそうはならなかった。駿はゲイセックスについてネットで検索したらしい。フェラにはなぜか抵抗があったみたいだけど(僕にされるのは別)それ以外はぜんぜん気にしなかったし、僕のお尻を舐めてよがらせるのが大好きだった。僕らは立ったままや騎乗位やその他いろいろな体位を試し、くすぐりあいから耐久戦までゲーム感覚でヤリまくったが、ちっとも飽きなかった。  えっちをしていない時は二人で買い物に行ったり、VRで遊んだり(そのために駿はヘッドギアをひとつ買い足した)料理をしたりした(駿は必要がないかぎり自炊しない主義だったから、主に僕の係になった)。  だから僕が完全テレワークの会社に転職すると決まったとき、駿が真顔でいった言葉を僕は自然に受け止めた。 「千尋もここに住めばいい。部屋はあるし、家賃払うなんてもったいない」  初えっちのあの日から一年近く経っていた。駿のマンションはおじいさんから相続したものとかで、古いけれど家賃はいらない3LDKだった。その頃になると僕は駿の彼氏の地位を満喫するようになっていた。たまに平日休みがあるとその前の晩から駿の部屋に行って、翌日朝ごはんを作ったりするのを楽しんでいた。  というわけで、僕は駿のマンションに引っ越したのだ。奇跡の同棲生活の開始である。  一年ほどのんきな日々が続いた。  在宅ワークの僕は家で仕事をしながら主夫よろしく家事をこなし、駿が帰るのを出迎えた。誕生日にはサプライズでお祝いをしたし、クリスマスやバレンタインみたいなイベントも(たいていはVREで)楽しんだ。二人で温泉旅行にも行った。僕は駿がこぼす会社の愚痴を聞き、駿は僕の仕事が忙しい時はご飯を作ってくれた(あまり上達はしなかったけれど)。  僕は駿がやりたがっていたゲームを買い、駿は僕が欲しがった調理家電を買ってきた。服は休日に二人で買いにいったし、家ではVREのアバターの着せ替えごっこをやった。そして週に二回はベッドでイチャイチャしていた。連休に一緒にいなかったのは年末年始だけ。僕も駿も実家に帰ったからだ。  駿が同棲していることは会社の同僚にはバレていたみたいだが、みんな彼女と住んでると思っていたらしい。僕は僕で、時々連絡をとる友達に恋人と暮らしていると話していた。  たまに駿は僕を犬みたいな性格だといった。僕にいわせれば駿だってそうだ。ともあれ、僕らは楽しくやっていた。ひとりで暮らしているときより余裕があったから貯金もできたし、たまにつまらないことで喧嘩もしたけど、だいたいその日のうちにふたりとも機嫌をなおし、えっちして終わる。見晴らしのいい道を安心して歩いているような、そんな日々だ。  その道がじつは崖っぷちぎりぎりを通っていると知ったのは、駿の姉一家に赤ん坊が生まれたあとのことだった。百日祝いの集まりで帰省してからというもの、駿は甥っ子にめろめろになってしまった。

ともだちにシェアしよう!