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第6話 僕らの少子化対策-その1

「塔矢ってほんと可愛いんだよ、赤ちゃんがあんなに可愛いなんて思わなかった」  家に帰ってきてからも、駿は甥っ子の話ばかりだ。送られてくる写真を嬉しそうに僕にみせて、どれだけ可愛いのか聞かせようとする。 「抱っこするとさ、こう、甘い匂いがしてさ、小さくってさ……」 「それはよかったね」僕はおざなりな返事をする。 「ほんとにそう思った? 俺が送った動画みた?」 「みたよ。元気に泣いてるところ」 「泣く子は育つっていうから頭良くなるぞ」 「泣く子じゃなくて寝る子でしょ。頭良くなるかどうかは関係ないんじゃ……」 「千尋も塔矢に会ったらぜったい俺と同じことを思ったって」 「そうかもね」  僕はテーブルに生姜焼きの皿を並べる。そっけなくする気はなかったけど、すごく楽しい気分でもなくて、自然にそんな態度になってしまった。  駿のお姉さんに子供が生まれたのはいいことだし、僕も聞いたときは喜んだ。駿が出産祝いに悩んでいたので、僕もネットでいろいろ探し、名前入りのバスタオルを送ったのだ。きりんの隣に目盛りがついていて、身長を測れるようになっている柄のもの。  それなのにどうして、僕はこんなに面白くない気分なんだろう。  実をいうと駿が子供好きなのはわかっていたし、小さい子に好かれるのも知っていた。ショッピングモールの広場なんかでなぜか小学生くらいの子供に懐かれるお兄さんがいるけど、駿はまさにそのタイプだ。きっと駿自身に小学生みたいなところがあるせいじゃないかと思う。子供は面白い、と駿はときどきいったし、駿も子供みたいに新しい遊びを考えるのが好きで、思いついたことをすぐに口に出す。少なくとも僕に対しては。  でも駿は誰にでも同じ態度をとるわけじゃない。家ではよく話すけれど、会社ではそんなキャラじゃなくて、落ちついていると思われているらしい。他の人に見せない顔を僕にはみせるのだと思うと、嬉しい気持ちになる反面、必要以上に甘えられているように思うこともある。  それとも僕が駿を必要以上に甘やかしているんだろうか。在宅で働いているせいで、僕はすっかり主夫業が身についてしまったし、駿も家事を僕にまかせきりになってしまった。 「千尋?」駿は不思議そうに僕をみる。「最近なんか、機嫌悪い?」 「べつに」 「ちがう。イライラしてるだろう?」 「緊急対応があって忙しかっただけだよ」僕は適当に嘘をつく。「それに駿が塔矢くんの話しかしないから」 「それって」 「そんなんじゃないよ」僕は駿の言葉をさえぎってご飯をよそった。「今日は一日中オンライン会議で大変だったから。早くご飯食べよう」  駿は疑わしそうな目つきになったけれど、僕は座って食べはじめた。  僕は細かい作業が得意で、ご飯をつくるとか掃除をするとか、身の回りをきちんと整えておくのが好きだ。駿がこの家で居心地よく暮らせるようにしておくのも好きだから、主夫に向いているのだと思う。世間は(駿の家族や僕の家族も)僕と駿をただの友達、仲のいい同居人と思っているにちがいないけど、僕は駿との生活に責任があるような気がしている。  でもこんな風に思うのは変なのかもしれない。僕らの関係はいつ終わってもおかしくないのだ。これを支えているのはおたがいの気持ちだけで、僕と駿のあいだには結婚なんてありえない――何度も起こされた同性婚訴訟はいまだに一件も勝訴していない。僕自身はそのことについてこれまで考えないようにしていたけど――だって誰かと結婚したい日が来るなんて思わなかったから。  この生活は、続ける理由がなくなったら終わるだけだ。いまの僕は駿以外の誰かとつきあったり、えっちするなんて考えられないし、この先もずっとそうなるような気がしているけれど、駿は違うのかもしれない。やっぱり女の子と結婚して、自分の赤ちゃんが生まれるような生活がいいのかもしれない。甥っ子が生まれただけでこんなはしゃぎようなんだから、自分の子供だったらなおさらじゃないかな。 「千尋?」  駿が不思議そうな声でいった。「どうしたんだ?」 「何でもないよ」 「そんなことない。やっぱり機嫌悪い」 「悪くないって!」  僕は箸でつまんでいたキャベツの千切りをテーブルにばらまいてしまった。 「俺がいないあいだに何かあった?」 「ないよ」 「嘘」 「ないって。ただ駿がそんなに赤ちゃんが好きだと思わなかったから」  すぐに僕は後悔する。駿はきょとんとした目つきになる。 「それが?」 「だから何でもないって」 「千尋」 「なに」 「ごめん。俺、子供産めないから」  思わず顔を上げると、駿は真面目くさった表情をしていた。 「千尋が俺に塔矢みたいな子供産んでほしくても、できないんだ」  僕は思わず吹き出した。 「何いってんの」 「いや、機嫌悪いのそのせいかな、と思って……」  やっぱり駿は僕と根本的に発想がちがう。馬鹿馬鹿しい気分になって僕はキャベツを拾い集めた。 「僕は子供が欲しいとか思ったことないよ。そんなに子供好きとか思ったことないし、責任もあって大変だし、だいたい僕には最初から関係ないし」 「なんで?」 「なんでって、僕は女の子とできないからさ。駿はちがうだろうけど」  駿が黙ってしまったので、僕も黙って生姜焼きを食べた。定番メニューと侮るなかれ、今日はなかなかうまくいったと思う。たまにこれが自己満足なのか、駿に美味しいと思ってほしいからやっているのか、わからなくなることがある。料理や掃除や洗濯みたいな毎日の家事をきちんとやるのが好き、というのはきっと自己満足だ。だけど僕は駿が喜ぶと嬉しい(毎日ではないけれど、駿は僕が作ったご飯を美味しいといってくれる)。駿が喜ぶのなら、赤ちゃんがいたっていいと思ってしまうし、子供を育てる生活もいいんじゃないかと思ってしまう。  でもこれはおかしな考え方だ。赤ちゃんは誰かのために生まれてくるわけじゃない。 「千尋」 「ん?」 「俺は千尋以外の誰かとしようなんて思わないよ。男でも女でも」  僕はご飯を喉につまらせそうになった。 「う、うん」 「たしかに俺は子供が好きな方だ。塔矢君みたいな子供がいたら楽しいだろうとは思う。でもそのために千尋に嫌な思いとかさせないから」  なんだか泣きたい気持ちになってしまって、というよりもその前に目の奥が痛くなっていた。 「僕はさ……駿が赤ちゃんがほしいなら、いるといいなって、思ってしまうんだ。でも僕はだめだし……」 「千尋、泣かなくていいから」 「駿が泣かせたんだろ!」 「怒るなって」 「怒ってない」  僕は立ち上がってティッシュを取りに行った。鼻をかんでいると駿の腕が背中に回り、ぎゅっと抱きしめられる。 「千尋」 「ん」 「しよ?」 「ご飯全部食べてから」 「もう食べた」 「片づけないと」 「俺がやるから」 「嘘。駿は皿あらうの嫌いだろ」 「やるって」  ぜったいそんなことないと思ったけど、泣いてしまったせいで顔がくしゃくしゃだったし、キスされるとどうでもよくなってしまった。駿が僕のことを好きでいてくれて嬉しかった。でも僕はどこか納得できないものを感じていた。僕らは一生、誰かの親になることができないんだろうか。

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