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第8話 僕らの少子化対策-その3
『キャー! 驚いたからデモモードになっちゃったわ!』
モニターの中でアイさんが陽気な声を出し、動かない僕のアバターに話しかけている。
『フリーズ回避のためよ、ごめんなさいね』
「アイさんって、リアルな人じゃない?」
僕の声は裏返っていたが、マイクが拾った言葉はモニターのチャットに表示された。
『ええ、でもVREはデジタル生命の人格権を認めているの。私はゲノムエンジンから生まれた個性をもつ人格で、独立したプレイヤーよ。あなた〈成層圏の家〉って聞いたことあるかしら?』
「し、知りません」
『オービタスっていう、気象コントロールシミュレーションオタクが集まるワールドの中にある貸切スペースよ。レインボーカフェとは関係なくて、私のようなデジタル生命も集まるパーティを毎週やってるの。よかったらパートナーと来ない? 招待状を送っておくわ』
「う、うん……」
『じゃあね!』
アイさんがウインクして画面から消えた。なんだろうこの急展開。まるで嵐が去ったみたいだ。僕はメールボックスに届いた招待状を確認した。受け取った人とその承認者しか使えない招待状だ。
「デジタル生命って……知ってた?」
ログアウトして、すぐ後ろに立ったままの駿をふりむいてたずねる。すっかり毒気を抜かれた表情だった。
「流行りのヴァーチャルペットはデジタル生命だろう。一体一体ぜんぶちがうゲノムの組みあわせで、個性を持つっていう……」
「アイさんみたいな人、他にもVREで働いているのかな。チュートリアルの受付にいるAIもひょっとしてさ、」
「それはいいけど、千尋」駿が途中でさえぎった。
「なに?」
「児相、行かない方がよかったか?」
僕はあわてて首を振った。
「そんなことないよ。がっかりはしたけど、でももしあそこで、僕らふたりでも里親になれるとか養子とれるっていわれても、困ったと思うし……」
駿はすこし不思議そうな目つきになった。
「何で?」
「説明を聞いたじゃないか。仮に結婚してる普通の夫婦でも、子供を預かるには里親研修をやって審査に通らなくちゃいけないし、審査の時は家まで見に来るんだろう? それに家のことやってるのは僕だからメインの養育者になるのは僕だし、そしたら仕事をどうするかも考えなくちゃいけないし、親族に了解とるようにって話もあったし、じゃあうちの親になんていえばいいかとか、いろいろ……考えちゃって……」
僕の声は小さくなった。そう、仮に僕らがヘテロのカップルのように結婚できたとしても、子供を迎えるのは大変なのだ。いろんなハードルが高すぎる。子供を産むハードルにくらべればぜんぜん低いのかもしれないけど。
「千尋」いきなり駿の手が僕の肩に触れた。
「そういうこと、もっと話して」
「え、いま話してる……」
駿はスーツの上着を脱いだワイシャツ姿だった。ほどいたネクタイが首からぶらさがっている。
「でも俺にいえなかったからあそこで相談してたんだろ?」
「そうだけど、でもその、僕はああいうところ苦手だと思ってたんだけど、アイさんはちがってて」
「AIだから?」
「駿、ほんとに浮気とか、そんなのじゃないから!」
駿は僕の顔を見下ろしていたが、急に頭をぽんと叩いて髪をくしゃくしゃにした。僕は駿のワイシャツをつかみ、顔を駿の胸に押しつける。駿がふうっと息を吐いたから僕は顔をあげる。頭のうしろに駿の手のひらを感じながらキスをする。
駿は帰ってきたばかりだし、僕は晩ごはんの準備もまだしていない。僕らはキスを続けていて、股間を押し付けあっていた。
結局その勢いのまま、ふたりでシャワーを浴びはじめた。
在宅の仕事が続くと運動不足になりがちだ。駿は最近お腹が出はじめたのを気にしている。ベッドの中にいるとそんなことは気にならないって僕はいうべきなんだろうか。すこしお腹が出ていたって駿の体に僕は興奮する。僕らはボディシャンプーでかわりばんこにお互いの体をぬるぬるにする。駿が背中からぎゅっと抱きしめてくる。どっちの股間もとっくに元気になっていて、正面を向いて擦りあわせるだけで僕は小さく呻いてしまう。背中から腰におりてきた駿の指が僕のお尻に入り、奥を広げはじめる。
「しゅ……んっ、あんっ、待って、ねえ、舐めさせて……」
「あとで」
「けち」
「俺がすぐいっちゃうから」
「うそ」
つきあってる何年かのあいだに駿はすっかりえっちがうまくなって、僕はリードをとられっぱなしだ。お湯でボディシャンプーの泡は流れてしまったけれど、どちらの亀頭もべつのしずくで濡れていて、駿が押しあててくると僕も一緒になって揺らしてしまう。それなのにお尻の中まで弄られているからたまらない。
「あっ、そこっ、だめ……膝がガクってなる――」
「ベッドがいいか?」
僕はこくこくとうなずくが、シャワーから出て駿が僕の体を拭きはじめると、隙をみてさっとしゃがむ。膝をついて駿の太腿を押さえ、顔をあげて陰茎を咥える。やっと反撃開始だ。駿の腰がビクッとして、小さく、ああ、という声が聞こえた。
僕はうっとりしながら先っぽを舐めまわし、濡れた音を立てながら喉の奥まで咥えこんだ。ボディシャンプーの残り香と駿の匂いがする。フェラチオそのものが気持ちいいわけじゃないけど、駿の体が反応するのが嬉しくて、それだけで気分がアガる。このまま口だけで駿をいかせてしまいたい。
ところが途中で肩を押され、ずるっと唇が抜けてしまった。顔をあげると駿と目があった。まぶたの下に黒い影が落ちている。
「ベッドだろ?」
腕を引っぱられて僕は立ち上がる。裸の駿の背中にくっつくようにして寝室に行くと、僕らはシーツとバスタオルの上にどさっと倒れる。駿は僕の背中にのしかかって、腰を押しつけてくる。さっき咥えていたものが太腿をこすってお尻に当たり、僕の奥は期待にしくしく疼きはじめた。
駿は小さな唸り声をあげてコンドームに手をのばし、僕はオイルを指にとって塗りつけた。駿はするっと僕のなかに入ってきて、ぐいっと奥まで――あっ―――
駿がすこし動くだけで頭の中に白い星が飛んで、背筋がビクビクする。首のあたりで、駿がはぁはぁと荒い息をつきながら僕を揺さぶりはじめた。ガツガツ打ちつけられるとあけっぱなしの口から涎がこぼれて、とめられない。駿がため息のような声をもらす。彼がイキそうになってるこの瞬間が好き――そう思った瞬間また奥を駿が突いて、僕の頭の芯はふわっとゆるむ。
駿の腕が僕を支えるように抱いて、ふうっと息を吐く。まだ僕の中にいるけれど、もう小さくなっている。ところが駿の手が僕の前をしごきはじめる。ああもう、お尻でイったのに――
「あっあっ、」
僕が声を出すと駿はニヤッとして唇を寄せてくる。舌を絡めるキスにぼうっとしながら僕は駿の手の中に出してしまった。
「千尋」
「ん?」
「俺に話したいことは話して、いえないことは黙ってていいから」
僕はぼうっとしたまま駿の言葉を考え、それって今までと同じじゃないかと思ったけれど、なんだか嬉しかった。
「駿、アイさんの招待状の会、一緒に行こう」
駿はうなずいたが、突然まぶたをぱちぱちさせた。
「AIだからアイさんって、あんまりな名前じゃないか?」
「たしかに」
こうして仲直り(?)をした僕らは〈成層圏の家〉のパーティで〈新生児育児体験プログラム〉のことを知ったのである。
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