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第15話 僕らの役割分担
「どうしてアキトはカメラに映っていたんだろう? 変だよね、駿。22時まで保育園にいるっていったのに」
「21時45分に変えただろう。予定が変わったとか……時計が狂っていたとか」
「アキトが? そんなはずないよ。時計が狂うなんてありえないし」
「いや、それはわからないぞ。故障とか」
「ほんとにそうだったら大変じゃないか」
「大丈夫だって。GERがモニターしてるだろ? 千尋は心配性だな」
「どうせ僕は過保護だよ」
僕はマンションの廊下を歩きながら文句をいったが、駿の言葉は間違っていなかった。アキトはGERが作ったデジタルな存在なのだから、人間のように病気になったりしないし、おかしなことがあればGERが元に戻せる。名付け親としてアキトを預かり、ロボットの体とリアルな生活を共にしているといっても、ほんとうに子供を育てたり、犬や猫を飼う時のような心配はしなくていい。
駿はそのあたりをちゃんと割り切っていて、一昨日アキトがお風呂に落ちたときも僕とちがってあわてなかった。アキトは僕も駿も気づかないうちに水をためた浴槽のふちによじのぼってダイブしたのだ。
水音を聞いて走っていくと、アキトはうつ伏せになってブクブク沈んでいた。あわててひっぱりあげたが、まぶたを閉じたまま3分は完全に停止していたと思う。
「駿どうしよう、アキトがお風呂におっこちた!」
オロオロしている僕に駿はタオルを持ってきて、ふたりで体を拭いているうちにアキトは何事もなかったかのように目をあけた。
「アキト、落ちた?」
「そうだよ。ああもう……びっくりするだろ。駿! なんで笑ってるのさ」
「千尋がめちゃくちゃ慌ててるから」
「当たり前だろ!」
「大丈夫だって。アキトは再起動、自分でできるもんな。それにほら、何かあればDERに緊急連絡すればいいんだし」
そりゃそうだけど、人が慌てているのに面白がるなよ。僕はすこしふてくされた。自分がそこまで神経質とか、心配性だなんて思ったことはあまりなかった。
もしかしたら駿以外にもうひとり誰かがいる生活では、僕は「心配性の役割」をやってしまうのかもしれない。そんなことを思いながら玄関の鍵をあけているとき、アキトが「お帰りなさい」をするといったのを思い出した。もうドアの向こうに来ているかもしれない。
「ただいまー」
返事を期待してドアを大きくあけたのに、家の中は暗かった。
「アキト?」
「帰ってないのか?」
駿も怪訝な声をあげた。僕は明かりをつける。アキトのギアはリビングのいつもの場所にあるが、アキトの本体は座っていない。声も聞こえない――いつもは呼んだらすぐに答えるのだ。僕は洗面所の電気をつけ、風呂場をのぞいた。浴槽はからっぽにして蓋も閉めていたので、念のため中も確かめる。VR装置のあるアキトの部屋もからっぽで、モニターはスリープ状態だ。
「どういうこと?」
「まさか……」
自分で外に出て行った、とか? 内側から鍵を開けることならアキトにもできる。外で迷子になった? でも、どうして突然?
ゾッとした時、後ろから肩を叩かれて僕は飛び上がりそうになった。駿がヘルメスのヘッドギアを差し出している。
「GERの緊急連絡網につなごう」
僕らは一昨日その話をしたばかりだ。言葉にしたことが現実になってしまったような気がする。
VREの僕らのホームに入ると、GERのプロジェクト専用ゲートにアクセスした。アキトの名前と識別コードを入力する。
「チヒロ! シュン!」
ヘッドギアをつけた耳にアキトの声が響いた。僕は心の底からほっとした。
「アキト! もう、勝手に外に出たの?」
「千尋、落ちつけって。アキト、今どこにいるんだ? 家にはいないよな? どうやって外に出た?」
「セツナにお家を見せてあげようとしたんだ。僕の体に相乗りできるっていうから、一緒に帰ったの」
「相乗り?」
僕と駿は同時に叫んだ。
「それって……」
「あの体にふたりのAIが入るってこと?」
「セツナはやり方を知ってたんだ。セツナに家を案内していたら、いつのまにか僕は自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。セツナが僕の体を勝手に動かして外に出たんだ」
「アキト、今どこにいるの?」
「僕はいま……いま……」
アキトの声が小さくなって、途切れた。駿がもう一度コードを入力したが、応答がない。
「ああもう、なんだよいったい!」
「千尋、GERのオペレーターに連絡するぞ」
巨乳美少女アバターが僕を見下ろした。駿はいまだにこのアバターを使っている。僕がうなずく前にもう、コンソールに向かって話している。ちくしょう、駿が落ちついているのは頼りになるけれど、自分が何もできていないようで、なんだかくやしい。
「識別コード*****……名前はアキトです。家で留守番しているはずが、外に出て行方がわかりません。ここから一度つながったんですが、保育園の友だちが相乗り? したとか話していて、切れてしまって……」
『すぐに担当者が向かいます。お待ちください』
なめらかな声が響いた三秒後、来訪者のチャイムが鳴ってドアがひらいた。現れたのは、盛り上がった三頭筋にスキンヘッドの大男だ。
「GERから参りました。捜索のために詳しく話を聞かせてください」
「アイさん!」
驚いた僕は大きな声をあげていた。はじめて僕が出会った人格をもつAI、レインボーカフェマスターのアイさんが微笑みながら立っていた。
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