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第18話 僕らときみの約束の日

『こちらが有人火星探査機に挑む乗組員のみなさんです。人格をもつAIが制御するロボットが乗組員として参加すると発表されて以来、各方面から話題を集めていたこのミッションです。宇宙センターには乗組員の家族の方も集まっています……』 「ほらほら、いた、いた! キャーかぁわいいいい…」 「おい、ちょっと静かにしろって……恥ずかしいだろ」 「ごめんなさいね、千尋さん。うるさい小姑がいて」 「いえいえ、うちの両親は静かなので……ちょうどいいくらいで」 「そちらは落ちついていらっしゃるからねえ。それにしてもアキト君、心配じゃない? 宇宙ってネットはつながるの?」  駿のお母さんが好奇心で目をキラキラさせているので、僕はどう説明すればいいのかすこし悩んだ。 「メールとか、動画送ったりできるんですよ。アキトには定期的に連絡くれるように頼んでるから、送ってくると思います。なにしろ彼は」 「エーアイですものね!」  エーアイ。駿のお母さんが呼ぶときの抑揚はすこし変わっている。これ自体が名前というか、外国の人を呼んでるみたいな感じ。  ロボットミュージアムの前で駿との結婚をきめて、籍を入れるまでには多少ごたごたがあったけれど(主に僕と僕の両親のあいだのわだかまりのせいで)あれから半年後、僕と駿は入籍して、リアルでは身内だけのささやかな結婚式をあげ、VREではもっと参加者の多いパーティをひらいた。リアルの結婚式ではアキトも家族にお披露目して、僕らの隣で写真に映っている。  結婚しても生活はとくに変わらなかった。でもさらに一年後、GERはアキトの名付け親契約の終了を告知してきた。有人火星探査にロボットクルーが参加すると公にされたのもそれからだ。  いつか契約が終わることは最初のときからわかっていた。だからこれは約束された別れだった。でもアキトはもう完全に僕らの家族だったので、GERがアキト(の体)を引き取りにきてからしばらくのあいだはさびしくて仕方がなかった。  もっともGERは(機密保持契約の範囲内で)アキトとメッセージのやりとりをしたり、VREのホームで面会することは止めなかったから、その後も僕らは定期的にVR空間でアキトと会った。駿と喧嘩したときはアキトに愚痴を聞いてもらったこともある。  つまり今の僕らは「人格をもつAIアキト」の友人の地位にある。でも今日、火星探査への出発にあたって、GERは僕らに名付け親特典を残してくれた。だからこうして、僕と駿とその他の家族数人で、宇宙センターに押しかけているというわけ。もっとも直接会えるわけじゃなくて、大きなスクリーンに映し出される中継をみているだけだが、特等席に変わりはない。  映し出されるアキトの見た目はあいかわらず、歩きはじめたくらいの赤ちゃんで、銀色の肌もおなじだ。  このミッションにはロボットクルーがもうひとりいる。こちらもブロンズ色の肌をした赤ちゃんである。ロボットといっても愛くるしい赤ちゃんには人間のクルーもめろめろのようだ。GERが孤独な探査ミッションに従事するパートナーロボットの外見を「赤ちゃん」にした理由が、今の僕にはなんとなくわかる。空間を和ませるもの、小さくて愛したくなるものが必要なのだ。  でも、アキトはそれだけの存在じゃない。  アキトがごつい人間のクルーの腕に抱かれている様子はとても微笑ましい。でも僕は知っている――この銀色の赤ちゃんの中身はスーパーAIだ。僕と駿が生まれる瞬間に立ち会って、名前を与えた、あの子なのだ。  目の奥がじんわりと熱くなってきた。タークとセツナも今ごろ、ロボットミュージアムでこの映像をみているだろう。  あれから何度か僕らはアキトをあの場所に連れていった。たぶんあのふたりのことだから、アキトが僕らの元を離れたあとも連絡をとっていると思う。デジタル生命たちはVREの中で人間が知らないうちに交流の範囲を広げている。それは今のところ、僕らの社会に不都合をもたらしてはいない。 「きみは火星に行くんだ」  最後に僕らの家で過ごした夜、僕はアキトに話した。 「アキトは僕や駿には行けない場所に行くんだ。だから、僕らの家に帰ってこなくなっても、僕はアキトのことを考えてる。アキトが宇宙へ行く時を楽しみにしているよ」  アキトはくるっと目を回した。「それはいつ?」  それは今日、これからだ。そしてきみが戻ってくるとき、僕はずっと年をとっている。  僕は駿と一緒にきみを見ている。隣に座った駿の腕に自分の腕をおしつけて、中継スクリーンをみつめている。気密服を着たクルーがきみを抱いてロケットに乗り込む。ロボットはこういう服を着なくていいから便利だよね。きみはロケットに備え付けられた専用ギアにしっかり固定される。  銀色の手がカメラにむかってパタパタと振られると、スピーカーから声が響いた。 「シュン、チヒロ、行ってくるね!」  不覚にも僕の目からは涙がこぼれ、視界がぼやけた。画面が切り替わる。カウントダウン。  こうして僕らのアキトは旅立つ。

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