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4.煙の先に

少し強い日差しに、高く澄んだ青い空。 よく晴れた休日、先輩にドライブに行こうと誘われた。答える前に手を引かれ、車の助手席に乗せられる。随分強制的だ。まぁ断る理由もなかったから、いいっちゃいいのだけれど。 知らない道をしばらく走ってから、彼は休憩しようか、と適当な喫茶店の駐車場に車を止めた。窓際の席に向かい合って座り、注文を済ませる。先輩は窓の外へ目を向けて、ぽつりと言った。 「焼き場だ」 「え?」 聞き返せば、彼は火葬場だよ、と素っ気なく言う。 「あそこの煙突。煙が出てる」 「ああ……本当だ」 通りの向こう、いくつかの建物の先に建った煙突の先から、一筋の煙が上がっている。 ぼんやりと眺めていると、ウェイトレスが珈琲を持ってきた。愛想程度に会釈して、カップを引き寄せる。 「おかしいよなぁ、ああいうのも」 「おかしい?」 聞けば、彼はうん、と頷く。 「墓前で手を合わせたって、そこには誰もいないのに」 そう言うと珈琲を一口啜って、先輩は少し小首を傾げた。口に合わなかったのかもしれない。 「花を供えて、線香あげて、ってさ。生者の自己満足だ、下らない」 「そんな言い方……」 眉を潜めれば、なに、と先輩は薄く笑う。 「だってそうだろ。安らかに、なんてさ。煙の先に極楽があるなんて誰が言ったんだ?」 随分トゲがある。機嫌が悪いようには見えないけれど。 「でも、魂は天に昇るんでしょ?」 珈琲を啜ってから聞けば、先輩は薄く笑う。 「それは単なる信仰。実際のところは誰にもわからない。ただ……」 と彼はそこで一度言葉を区切り、窓の外へ目を向けた。 「……死んだやつは、どこにでもいる。残り続ける。多くの人に見えないだけで、ずっと」 先輩の視線の先には、何の変哲もない車道。そこには誰もいないし、何もない。少なくとも僕の目に、怖いものは写っていない。 「全部が全部無駄だ、なんてことは言わないぜ。それで救われるものもあるんだろうしさ。でも、祈りは時に呪いになる。曖昧な信仰は危険だよ」 嘲るように言った彼の瞳は、だけどどこか物憂げに見えた。 「だから葬式とかは行きたくないんだ。幽霊とも呪いとも言い切れない何かが大勢いるからな」 乾いた笑みを浮かべ、先輩は珈琲を飲み干した。 僕も同じようにカップを空にすれば、彼は行こうか、と席を立つ。 会計を済ませて車に戻り、助手席に乗り込むと、彼はエンジンを掛けながら言った。 「何も残さず死ねたらいいんだろうけど」 車を発進させれば、煙突は背後に流れて遠退いていく。煙の先には青空だけが広がっていた。 赤信号で車が止まっている間に、先輩は煙草を取り出して火を点けた。音もなく紫煙が立ち昇る。 「それは……でも、ちょっと寂しくないですか」 生きていたことが何も残らないなんて、そんなの。 僕の言葉に彼は困ったように笑っただけで、何も返してはこなかった。

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