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第1話 神父様に拾われて

 壁には落書きだらけ、残飯が散乱する路地裏で僕は生きていた。  ほんの少しの屋根があれば雨露はしのげる。よその家の庇を借り、ゴミ箱の残飯を漁ってその日の命を繋ぐ。それが幼い頃からの僕の日常だった。 「旨そうな匂いがする。……移動式の屋台でも来てるのかな」  鼻腔に良い匂いが届き、俺は残飯を漁る手を止めた。匂いを追って路地から出て行くと、人相の悪い大人がいた。 「ハンバーガーが珍しいか、坊主。俺と一緒にいれば、こんなもの毎日食べさせてやるぞ」 「ほんとう?」  差し出されたパンを躊躇いもなく受け取り、飲み込むようにして胃に入れる。 「こんなに旨いものは久しぶりに食べる。ありがとう、おじさん」 「はは、小便くさいスラムにしては行儀がいいじゃねぇか。親はいるのか?」 「いない。ずっと前に死んじゃった」 「そうか、それは都合が良いな。顔立ちもまぁまぁだ、よし付いててこい」 「うん!」  この大人に付いていけば、食いっぱぐれる心配はないだろう。とにかく腹一杯食べたかった。そのためならどんなことでもする。 「公園があるな。茂みの中に隠れろ」 「な、なに……!?」  毛むくじゃらの腕で植え込みの中に引き込まれる。 「服を脱げ。ズボンだけでいい」 「なに……するつもりなの?」 「はじめは痛いかもしれないけど、慣れたら病みつきになるぜ。飯を食うよりいいことだ」  おじさんはそう言って、僕のズボンを下ろした。パンツも一緒に下ろされ、ささやかな性器がプルンとひくついた。 「仰向けになって脚を開くんだ。尻の孔が見えるようにな」 「恥ずかしいよ。いやだ、おじさん……」 「ウブな振りするんじゃねぇよ。まさか浮浪児のくせに初モノなのか? それならとんでもない拾いものだな……」  濁った眼光を放ち、僕に覆い被さってくる。重い、苦しい。興奮しているのか、男の性器が張り詰めているのがズボン越しに感じられた。 「今晩使い物にならなくなったらいけねぇ。油を塗ってやるから大人しくしろ」  そう言って、お尻に指を突っ込んでくる。あまりの違和感に声が洩れた。 「ひっ、やめてっ……! 気持ち悪い、やだぁ!」  ジタバタと脚を動かすと、「いってぇ!」と叫び声が上がった。脇腹にヒットしたらしい。 「優しくしてやりゃつけあがって。もう容赦しねぇ、泣こうが喚こうが犯してやる!」  頬を張たかれ、僕は凍り付いた。殴られたところがジンジンと痺れる。恐怖で動けなくなった僕はされるがままになった。 「最初からそうすりゃいいんだよ。俺だって悪人じゃない、今みたいな態度ならちゃんと順序立ててやる」  着ていた粗末なシャツを脱がされ、裸にされる。地面の芝生が肌にあたってチクチクして気持ちわるい。男の息が生暖かくて、舌を絡められるようなキスをされたときは吐き気がした。 「んっ、むう――!!」  気持ち悪くて涙が溢れてきたとき、少し離れたところから鋭い声がした。 「その子供から離れなさい! 州法により、あなたを児童虐待の疑いで逮捕します」 「なんだぁ?」  僕にかぶさっていた男が、のっそりと体を起こす。さっき唾を飲み込まされたので、ゲホゲホと咽せてしまった。 「ずいぶんお綺麗な警官じゃないか。ねえちゃんと言っても通じそうだな。あんたが俺の相手をしてくれるのか?」  涙で潤んだ視界に、黒いカソックを着た青年が映る。薄い金髪に青い瞳がキラキラと輝いている。 「私は警官ではありません、神父見習いです。この地区で少年が何人も性的虐待を受けていると聞いて、見回りをしていたのです。市警と連携していますから、すぐに警官も到着します」 「チッ……。仕方ねぇな」  と言うが早いか、男が僕の首に手をかけた。そのままぐっと力が入り、息が止まる。目の前が真っ赤になって、なにも見えなくなる。 「早く去れ、エセ神父さんよ。この子供の命が惜しくないのならな!」 「ラウル、行きなさい!」  ガウッ、となにかが唸る声が聞こえた瞬間、男の悲鳴が聞こえて意識を取り戻した。見ると、男の足首に怖そうなドーベルマンが噛みついていた。  犬歯のあいだから泡立った涎と血が滴っている。手加減なしの本気噛みだ。 「いってええ! やめさせてくれ、大人しく捕まるからこの猛獣を止めてくれ!」 「一度GOサインを出されたラウルは警官の姿を見るまで止まらないんですよ。しばらく我慢してください」 「なっ……! 貴様それでも神父か!」 「まだ見習いですので。それに、ラウルは優秀な元・警察犬です。あまりにも血が好きすぎて、数人の犯罪者を殺してしまい外されただけなんです」 「お、お前らは悪魔だ! いてぇ、助けてくれおまわりさん――!」  男が動くたびに、ドーベルマンが別の場所を噛む。そばにいる僕にはまったく注意を払わず、忠実にターゲットを仕留める姿は、猟犬そのものだった。 「大丈夫ですか? 少年。私の上着しかないけど、羽織ってください」 「あ、ありがとう……」 「喉に指の痕が残っている。ひどい目に遭いましたね。おうちはどこですか? ご家族に来て貰いましょうね」  肩にかけられた上着にほんのりと温かさが残っていて、急にこのひとの体温なんだと分かって恥ずかしくなった。 「家族は……いません。家もありません。このあたりで残飯を漁って食いつないでました。だから、連絡しなくていい、です」 「そう……。これも主のお導きでしょうね。私のいる教会であなたを受け入れましょう。名前を教えてください、少年。あなたは今日から私たち聖ミカエル教会の家族です」 「かぞく……」 「ええ、主イエスを信じる者は、皆等しく家族なのです。私と家族になるのがいやでなければ、一緒に暮らしましょう。もちろんラウルには、あなたが新しい家族だと紹介します。ね、ラウル?」  逃げようとする男に歯を鳴らして脅していたラウルが、こっちを向いた。口の端に血が付いていて怖かったけれど、僕を見てラウルは尻尾を振ってくれた。 「ラウルも歓迎してくれています」 「あの、僕の名前……、ユリウスです。苗字は忘れました」 「ユリウス。……いい名前ですね。私はアラン。これからよろしくお願いします」  差し出された右手は僕と比べものにならないくらい大きくて、しゃがんで僕を見つめる目が聖母みたいに優しくて、のぼせてしまいそうになった。  こうして、僕は聖ミカエル教会の一員となったのだった。

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