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第3話 共に堕ちる先は
アランはその日から、前にも増して祈る時間が増えたように見えた。愁いを帯びたアランは、信者たちが近寄りがたいほど影のある美しさになっていく。
僕はというと、俯いたときに見えるアランの長くて色素の薄い睫毛や、聖堂に響く落ち着いた低音を思い出しては、寝台で身悶えていた。
「はっ、あ、アラン……っ!」
ズボンを脱ぎ捨てて自慰に耽る。そういうときは、学校で男友達に見せてもらった男同士の交合のやり方に倣って、後ろの孔が気持ちよくなるまで弄るのだった。
――あ、イく。だめだ、空想の中でいいからアランに愛してほしいのに……!
腰に熱が溜まり、それが膨らんで爆発する。下着を汚して、ようやく自分のやっている愚かな真似に気付く。
いつかここにアランを受け入れたいのに、肝心の彼は祈るたびに神の世界に近づくようで、遠い存在に映ってしまう。僕のしていることは、まったくの自己満足でしかない。
敬虔なクリスチャンであるアランには男同士の恋愛なんて考えもしないだろう。
報われなくてもいい、ただ同じ教会で息をするだけでいい。僕のささやかな願いはそれだけだった。
***
ある日庭でラウルに食餌を与えていると、アランがすぐそばに来た。思い詰めたような青白い顔色をしている。
「どうしたの? 顔が青いよ。気分でも悪いの?」
「いえ、ユリウスに大事なことを伝えにきました。最近悩んでいたことです。巡礼の旅に出ようと思うのです」
「聖地へ? ……で、でも何年もかかるでしょう? 教会のミサや行事はどうするの? それに、とても大変な旅だって聞くけど……」
「ええ。私の抱える悩みは、聖地に向かえば解消される気がするのです」
そう言って、アランが聖地の方向へ目を遣る。気持ちはすでに彼の地へと旅だっているかのようだ。
アランを取られたような気持ちがする。この場にいるのに、アランは信仰へ身を投じているのだ。
「い……、いやだ! 僕をひとりにするの? アランがいない世界じゃ、僕は生きて行けない」
「ユリウス」
「だって、引き取ってくれたときから、ずっと一緒だったじゃないか。この前、僕が変な噂を聞いたとき、好きな人だって言ってくれたって笑ってくれたじゃないか。あれは嘘だったの?」
「嘘じゃありません。嬉しかったです。でも、私は行かねばならない。この身にため込んだ罪を祓わねば、神父としてここにいてはいけない気がするのです」
「罪ってなに? アランはなにも悪いことしていない! 僕は綺麗で優しいアランが好きで、一生そばにいたいと思っているんだよ?」
「私も同じ気持ちです。でも、私たちが家族でいるためには私は邪念を払わないといけないのです。分かってください……!」
手を握りしめ、泣きそうな声を出す。自分で自分を制御できないような、こんなアランは初めてだ。
「アラン、教会の中に入ろう。大切なことを言うから」
裏口の扉を閉めるとすぐに、つま先立ちになってアランの頬に口づけた。
「なっ、ユリウス!?」
「これは親愛の口づけ。僕たち家族だからいいでしょう?」
「でも」
口ごもるアランの手を取って、甲に口づけた。
「これは尊敬の気持ちから。幼い僕を助けて、今まで育ててくれてありがとう」
背の高いアランの双眸に、迷いと困惑が見える。もしかしたら、僕の勘が当たっているかもしれない。
「アランが好きだ。家族としてはもちろんだけど、魂がアランを望んでる。出来れば大人の恋人同士みたいに、愛し合いたい。……巡礼に行くなら、僕も付いて行く」
「ああ、なんてことでしょう……」
目の前で十字を切られ、少しショックを受ける。そんなに罰当たりなことを言ったつもりはないんだけど。
「ユリウス、私はあなたから離れるために巡礼の旅に出ようとしたのです。聡いあなたには、私の考えが伝わってしまったのですね。私はあなたに好意を抱いていました。でも、それが恋愛であると気付いたのは、あなたも言うように噂の一件からです。涙を流すほどあなたが憤ってくれたこと、私を好ましく思ってくれていたこと、それに最近とても凜々しくなってきたこと。それらが私にあなたを意識させたのです」
アランが僕を意識していた。それは、恋愛対象だと思って良いのだろうか?
「私は悩みました。庇護すべき存在のあなたに劣情を抱いてしまった。夢の中で幾度もあなたを抱き、そのたびに闇の中に沈んでいくような気になりました。私は罪深い。神父失格です」
「アランも、僕を抱くこと想像してくれたの!?」
アランが日に日に愁いを帯びていったのは、自分の気持ちを罰していたせいなのか。こんなことってあるだろうか。互いに抱き抱かれたいと思っていたなんて。
「それなら僕らは共犯だ。もうずっと長い間、僕はアランに抱かれたかったんだから」
「ユリウス、地獄に堕ちる覚悟はありますか? あなたを愛してしまった私と共に」
「アランと一緒なら、どこだって怖くない。……もしキスしてくれるなら唇にして。愛を囁くときはここにするんだよ」
指し示した指ごと、アランは口づけてくれた。
手を引かれ、アランの自室へと進む。寝台と机と小さな祭壇、それにクローゼットがあるだけの質素な部屋だ。
「ユリウス、ずっと罪深いことだと悩んでいたことをあなたとしたい。きっと恥ずかしくて耐えがたいでしょう。でも、私を好きなら許してくれますね?」
シャツの襟に手が忍び、ボタンをひとつずつ外してゆく。
「許すっていうか……。早くひとつになりたいよ」
アランの手が動くのを見てると、涙が出そうにもどかしい。「はやく」と首に縋り付いて耳を噛むと、
「いけない子ですね……」と抱き上げられた。
「あっ」
アランの腕は細いのにしっかりとして逞しかった。その中にずっといたいのに、寝台にそうっと寝かされてしまう。
僕を見下ろした美しい獣が首まで詰まったカソックの留め金を外す。
「まるで主を誘惑した荒野の悪魔じゃないですか。それもいい。私のかわいいユリウス、あなたに誘惑されるなら何度でも地獄の業火に身を焦がしましょう」
首筋にきつく吸い付かれ「痛っ!」と声が出た。なんだろう、お仕置きだろうか。
「あなたが私のものだという証です。体中に付けてあげましょうね。白い身体に、薔薇が散ったように映えるでしょう」
そう言って昏く微笑む姿にゾクッとした。僕はとんでもないスイッチを押してしまったかもしれない。
「まだ夕方です。夜は長い。楽しいことは長いほうがいいでしょう?」
あらわになった上半身に冷たい手が這わされる。すっかり興奮し、充血した乳首にふれられただけで、
「ふぁっ!」と声を洩らしてしまった。
「いい反応です、ユリウスは筋がいい」
爪で片方の乳首を引っ掻かれ、もう片方の手は僕の性器をズボンから引き出す。
「綺麗な色。まだだれも知らないのですか?」
頷くと、竿をこすりあげられ、先端に滴る露を伸ばされる。
「あなたに教えてあげられることがまだあって、よかったです」
ちゅっ、と額にキスが降ってくる。性器にも刺激が加えられる。汚れを知らないようなアランに性器をこすられる日が来るなんて。背徳的な感情と、彼の指の的確さに涙が溢れてくる。
「あ、そこ、もっと、もっときつく……!」
「私の生徒は指示も上手いですね。こうですか?」
「んっ、そのまま……!」
ニチャッ、クチャッと先走りの音が聞こえてきて恥ずかしい。覆い被さるような格好のアランの首にしがみつき、「アラン、好き、好き……!」と叫んでいるうちに、絶頂に連れて行かれた。
「は……ん」
「そんなに私を誘惑しないでください。さわってもないのに、もう破裂しそうです」
どこがとは聞けなかった。だって、アランの腰から飛び出した性器が、僕の太腿をきつく押していたから。
「脈打っているのが分かりますか。あなたの肌理細かな肌を見てこんなになってしまったんですよ」
恐る恐る、手を伸ばしてアランのものを掴む。言った通り血管が浮き出ていて、ドクドクとそこに脈が通っていた。先端はカウパー腺液で手に付くほど濡れている。
「アランも僕で興奮したの……?」
「そうです、可愛らしいユリウス。あなたの成長を父親のように見守っていたかったのに、花を摘み取る私を許してください」
先に放った僕の精液を指に取り、僕の後ろをほぐしはじめる。そこはひとりで何度も弄っていたから、柔らかくなっているのが知れて恥ずかしい。
「まるで乙女のようですね。瑞々しく初々しい……。散らすのが酷に思えるほどです」
孔の周りを撫でられ、背筋がゾクゾクする。気持ちいい。脚を閉じて快感に耐えていると、「我慢しないでください」と耳元で囁かれる。
「あなたの後ろも、この赤い実のようなおっぱいも、快楽を享受する場所です。耐え忍ぶのではなく、悦ぶあなたが見たい。ユリウス」
そう言って、後孔を器用にほぐしながら、僕の乳首をパクリと含んでしまった。そうされると、まるで神経が直結しているかのように性器がぶるぶると揺れた。きっと腺液がとめどなく出ているだろう。
「あ、ぃや、あぁん……」
「寝台での『いや』は『いい』と受け取りますよ」
ちゅうっと乳首を吸い上げられ、腰のあたりの産毛が逆立つ。もうこれ以上耐えられない。
「あ、変になる。気持ちよすぎて変になっちゃう、アラン、はやく……!」
「仕方ないですね。もっと可愛いあなたを見ていたかったんですが」
アランが僕の脚を広げ、腰のものを入り口に沿わせる。少しふれただけでも分かる、硬質で巨大な男性器。
「苦しかったら言ってください」
「……ぁあっ、入り口の裏グリグリしないで……」
アランは、後ろをほぐしながら僕が声を上げる箇所を掴んでいたようだった。今は極太の性器で、そこをいじめてくる。
「だめ、そこダメ……。またおかしくなるからっ……!」
過ぎた快感のせいか涙が溢れてくる。こんなに気持ちいいこと、初めての性交で与えられるとは思わなかった。好きな人の目の前で、脚を広げて快楽に咽せび啼いている姿が恥ずかしい。アランは、そんな僕の髪を撫でてくれている。
「気持ちよくなってください。……そろそろ私もユリウスの奥が知りたい」
ズン、となにか重い感触がして、一気に貫かれた。温かく長大な質量に愕然となる。
これが愛しい男を身体に収めるということなのか。皆、こうやって愛を確かめているのか。
「動きますよ。こればかりは、待ては聞けません」
「えっ」
今までの優しさが嘘に思えるほど、アランの腰遣いは野性的だった。まるで馬を駆るように、僕の上で汗を飛ばしている。
「やっ、ちょっと激しっ……、奥、奥にあたってる!」
「言ったでしょう、待ては聞けないと」
「ひっ、アァ、あんっ!」
中のアランがどんどん硬くなって、入り口に塗った精液や僕の腸液をぐちゃぐちゃに融かす。繋がっている場所はきっとひどいことになっているだろう。
なのに、お腹のどこかがキュウッと切なくなって、アランが呻くほどに彼のものを締め付けた。
「初めてなのに覚えがいい。さすが私のユリウスは優秀ですね。これなら、手加減しなくてもいけるでしょう」
「手加減? ……やぁっ、速く動かないで……!」
アランの律動に合わせて息を吐き出すしか出来ない。それに喘ぎ声が混じって、情けない悲鳴を上げ続ける羽目になった。
***
気を失うほど責め立てられ、それで終わりだと思ったら今度は挿入なしで優しく身体を撫でられ続けた。もちろん、お尻をいじられたり、乳首が腫れるほど吸われたりもした。
「セックスって皆こういうものなの?」
「性行為に普通は存在しないんですよ。私がこうしたいと思ったから、しているだけです」
ケロリとした顔で、頬に口づけられる。なんというかマイペースだ。
「こういうことには興味がないような顔をしているから、アランが性欲が強いなんて意外だったな。……あ!」
「どうしました?」
「巡礼の旅には行くの? そうだったら、僕も絶対付いて行くからね!」
「ああ、もう巡礼はいいんです。私が悩んでいたのは、あなたを愛してしまったということですから。あなたが応えてくれたし、思いは通じたのですから、巡礼は必要ありません」
「主は怒らない? 男同士は罪じゃないの?」
「そうですね、宗派を変えれば許されるでしょう。聖ミカエル教会を登録し直すか、再び別の宗派で見習いになるかします」
あまりにもアッサリと応えられ、狐につままれた気になる。
「なんだ、僕、てっきり地獄行きかと思っちゃった」
声を上げて笑うと、大好きな人が片目を瞑る。
「大丈夫です。共に堕ちるのは快楽の園だけでいい。これから一生、よろしくお願いしますね?」
抱きしめられ、ふれる体温が心地良くて笑顔になる。これからアランと光の道を進もう。僕らはきっと幸せになれる。
【終】
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