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第7話
「夏といえば、サマーニットが可愛いにきまってるでしょ!!」
「……ああ、うん……」
失敗した、そう思った。
思わぬ形で宇佐美とのデートが実現してしまう為、焦って浮かれていた真宏はついうっかり現役女子中学生の杏に、受験勉強忙しいの承知で聞いてしまった。
─……デートって何着ればいいのかな。
真宏の何気ない一言に、ピコンッと反応した杏は無言で立ち上がり真宏を涼雅の部屋に連れて行き、今現在着せ替え人形にされている。
「この紺のサマーニットに、白いロング丈のTシャツと、アンクルパンツと黒のスリッポンでも履いていきなよ! 靴下はくるぶしまでのなら好きなの履いて!」
着せ替えられた真宏がよいしょ、よいしょ、と靴下を履いているとその間に、シャシャっと髪型を整えられる。
「ひろ兄は顔がいいんだから、普段から耳にかければ良いのに」
「顔がいいのは杏と涼兄だろ」
「自分の顔、悪いとは思ってないくせに」
「まあね」
真宏は母親に似て、ハッキリとした顔をしていると自覚している。
親に似ている自分の顔を嫌いだと思った事は無いし、むしろ好きだけれど俺に比べたら、涼兄や杏の方がやっぱり格好良くて可愛いと素直に思っている。
「よし、できた! ばーっちり! ね、彼女さんとツーショ撮ってきてよ!」
「え?」
あ、そっか。デートって言っちゃったから……。
「あ、いや……俺がデートっていうかなんていうか……俺、行くのやめよっかな……」
ワクワクしていた気持ちと共に、不安な気持ちが常にあった。
ハルさんという絶対に敵わないような人が宇佐美の想い人だと知ってしまったことが、心の中に重く伸し掛る。
「え、なになにどしたのマジで」
杏の心配してくれる声音にハッとして、「いや! なんでもない! 行ってくるわ」と慌てて笑って立ち上がった。
杏はじっと真宏を見つめてくる。
「そんな無理して笑わなきゃいけないくらいなら行かなくていいんじゃない」
最もな事を言われ、苦笑した。
そうだよね、行かなきゃいいんだよね。
……でも、好きな人とどんな形であれ出かけられるだけ、ラッキーだろ!
「……ま、いいけど。夕飯どうするか連絡してね」
それはきっと杏なりの優しさだ。
夕飯をみんなと一緒に食べれないと思ったら帰ってこいってことなんだと思う。
我が妹ながら優しくて可愛い子だ。
「ありがとう、杏。行ってくるね」
折角杏にセットしてもらったんだ。
オシャレ、頑張った。
一瞬でも宇佐美に見てもらえれば、今日はもうそれだけで良い。
今までの陰鬱とした気持ちを消し飛ばすように両頬をバチンッと叩き、無理矢理気持ちを切り替え玄関を出た。
「おい宇佐美邪魔だ退け!」
「うるせぇーわ、お前が邪魔やねん、どっか行け」
「邪魔なのはお前らだろーが!! 僕の真宏に触んな!!」
「うるせぇぞお前ら。ここ水族館だろ」
俺は今、クラゲさんを見ています。
なんて綺麗なんでしょう。
「なぁーあーまひろぉ〜あっこのトンネル行こぉ〜クラゲぎょーさんおるで」
「行く!」
「ちょっと待て伊縫!! 俺はサメがみたい!! こっちに居るぞ!!」
「サメ見る!!」
「真宏!! あっちにいわしいたよ!! 食べたいでしょ!?」
「食べたい!!」
「いや食べたいは違ぇだろ」
久我の冷静なツッコミにより、真宏以外の連中はぶーぶー久我に文句を言う。
「あのさぁお前ら、マジ何しに来たの? 真宏見習って魚見ろよ、それ以上騒ぐと俺が真宏貰ってくぞ」
真宏は久我にグイッと肩を抱き寄せられ、クラゲが視界から居なくなる。
でもまた新しいクラゲが泳いできてくれたので、ニコニコで追い掛けた。
かわいい、きれい、たのしい!! 今日来て良かった!!
普通に水族館が楽しい。こんなに楽しかったっけ。
「なぁ久我、あれ何かなぁ? クラゲと一緒になんかちっちゃいのいるなぁ?」
「なんだろな、餌じゃね」
なんて夢のない答えだろう。
けれどそんな久我のつまらなそうな顔を無視して、別の水槽を見に行く。
てとてと歩いて行けば、ずるずると宇佐美が引き摺られるようにして着いてくる。
何故か宇佐美はずーっと真宏の後ろからハグをしてきてずっとその状態だ。
お陰で真宏は色んな女の人に宇佐美諸共囲まれ、ブチ切れた久我に宇佐美は殴られていた。
それでも真宏にくっつくのを止めない宇佐美を全員が無視する事にした。
「これはな、イワシだぞ、伊縫」
一緒に覗き込んできたマオは真宏に良いところを見せようと徹夜で勉強してきた豆知識を話したくてうずうずしていた。
「イワシってなんで大群で泳ぐんですか?」
真宏がそう聞いてマオ見ると、何故かキラキラ嬉しそうに瞳を輝かせて真宏を見た。
「イワシはな!! この側線を使って水圧とか水流の変化から前後左右上下にいる仲間の存在を感知して群れを作ってて、カツオやマグロに見つかっても、何千、いう数で大群でいれば、個々のイワシが狙われる確率がぐっと低くなるんだぞ!!」
「すごい!! 食べられないためにみんなで泳ぐんだー!」
イワシは美味しいもんね。
他の魚も食べたくなっちゃうの分かる。
イワシの美味しさについて考えていたら、唐突にグイッとマオに手を引っ張られ「わ、」と驚く。
「な、伊縫。俺と来て」
「ちょっとまおちゃん!!」
ハゼがガルル、と吠えていたが、マオがハゼの耳に顔を寄せ何かをボソリと呟くと、ハゼはハッとした顔をしたあと、「……ああ、まおちゃんがヘタレ過ぎて忘れてたわ」とか言って何やら身を引いていた。
「まお先輩、どこ行くんですか?」
再び手を繋がれて歩き出すマオの背中に問い掛けると、マオはニヤッと笑って、「2人になれるとこ」と言った。
「ま、俺もおるけど」
そんなマオの目論見が叶うはずもなく、後ろからぬっと現れた宇佐美に、マオはビクッと肩を揺らして驚いた。
「なんでおめェがここにいんだよ!!」
噛み付く勢いで怒るマオに宇佐美はへらへら笑う。
「いやぁ、お前のヘタレ具合を見よ思てなぁ〜」
「お前が居なきゃ攻めてるよ!! どっか行け!!」
仲良いなぁ〜。
魚は一人でも見られるし、仲のいい先輩組を放っておく事にして真宏はその場からそっと離れた。
宇佐美と周りたい気持ちはあったが、そんな事をして自分の中の恋心をわざわざ育てるのは、全てが終わった時のダメージが大きくなるので避けたかった。
単独行動をし始めたのは良いものの、周りは仲良さそうに手を繋いで身を寄せあって魚を眺めていたり写真を撮って思い出を作っているカップルや、家族連ればかり。一人で見に来てる人は居なかった。
こっそり、ハゼたちの所へ戻ろうか。
そんな事を考えつつも、皆の所に戻るのは止めた。
イルカショーが始まれば自分もそこへ行くし、ハゼ達も来るだろうと思ったからだ。
ぶらぶら宛もなく歩いていると、いつの間にか外のコーナーに来ていた。
外にはカワウソなんかが居るらしい。
カワウソコーナーに行くと、お散歩してるカワウソや、自由気ままに遊んでいるカワウソが居て、すごく可愛い。物凄く可愛い。
いいなぁ〜あんなに気ままに生きたいなぁ。
カワウソコーナーの前にあるベンチに座り、ぼーっとカワウソを眺める。
ミンミンと蝉の声が聞こえるけど、どうやら空は曇りのようだ。
雨、降りそうだな、なんてぼんやり思っていると、横にぼすんっ、と誰かが雑に座ってきたのでびっくりした。
「あ? だからもう別れるっつってんの。お前のワガママには付き合ってらんねぇから。じゃあな」
……おお、すごい会話だ……。
電話の奥で誰かが怒鳴ってるのが真宏にも聞こえてくる。
驚いて恐る恐るチラ見すると、横に座ってきたのはミルクティーベージュのような甘い髪色で、パーマがかけられてるヘアスタイルで、顔が凄く綺麗な男性だった。
服装もカジュアルなのに品が良くて、何処と無くお金持ちそうな見た目。
ちらりと見ていると、バチッと目が合ってしまった。
慌てて逸らすと、横の男性は「はは、聞こえた? ごめんね、騒がしくて」となんでもないように言う。
「あ、いや、……全然……」
なんて返せばいいのか分からず、目を逸らして返すと男は「君一人なの?」と言ってくる。
「……あ、いや……友達が居るんですけど、……ひとりで……まわってますね」
初対面の人とあまり沢山話さないのでよく分からない。
「えー、なら俺と回らない? 俺、彼氏と来てたんだけどさ、今電話聞いてたっしょ? 別れて一人になったからさ、一緒に回ろうよ」
グイッと肩を寄せられびっくりする。
「え、……えっと……」
知らない人とは嫌だな、会話に困るし……。
真宏が返事に困っているのが見て取れたのか、男はケラケラ笑う。
「そんな緊張しないでよ。俺、アヤトって言うの。キミは?」
「……伊縫 真宏です」
「フルネーム! 律儀だねぇー。じゃあ、真宏くんて呼ぶよ」
軽いノリでそんな事を言われ、返事をしないうちに手を繋がれた。
えっえっ、本当に回るの!? 俺この人と!?
なぜ!? コミュ力高くない!?
えっ無理無理、俺にそんなにコミュ力ないし、この人がつまんないだけだよ!!
アヤトは真宏の手をしっかり握って楽しそうに歩く。
「……あの、俺と初対面なのに、いいんですか?」
「いいって何が?」
何が、だろう……? 聞いておいて確かに、よく分からないな。
「よく分かんないけど、キミ、俺に彼氏が居たって話聞いてもなんのリアクションも無かったでしょ? そういうの、好きだよ。だからいいんじゃない? 別に」
それは理由になっているのか?
確かに、特にリアクションはしなかった気もするけど……。
「何みたい? 俺あんまよく見てないんだよね〜」
「……あ、俺中は見たから、アヤトさんの好きなとこいきます」
そう答えると、アヤトはぱっとこっちを見て嬉しそうに笑った。
「アヤトさんって呼んでくれるの、嬉しい。ありがと」
「……え、あ……いえ」
まさか、名前を呼んだだけで感謝されるとは思わず固まる。
美人が笑うと、可愛い……。そのまま真宏はアヤトが行きたいところに連れていかれ引っ張られ、はしゃぐアヤトさんともう一周水族館を回った。
アヤトは終始、楽しそうに魚を見るので、何だかこっちまで和んでくる。
一通り見た後、アヤトは「疲れたねぇ」なんて言うので、「ちょっと休みますか?」と言えば、アヤトは考え込む。
「どっかに座りたいなぁ。真宏くんは?」
「俺もちょっと座りたいです」
「んじゃあ、イルカショーみにいこうよ! もうそろそろ始まるよね!」
アヤトはニコニコでまた真宏の手を繋いで歩こうとした、そのとき、ドンッとアヤトが誰かとぶつかって「すみません」と言う。
ぶつかった相手も「すみません」と言ったが、その声に聞き覚えがあってぱっと顔を上げた。
「あ!? 伊縫!!」
「え!? 真宏!? どこ!?」
「真宏お前どこに居たんだよ!!」
アヤトとぶつかったのはマオで、後ろに久我、ハゼ、宇佐美が居た。
驚く三人に真宏は苦笑しつつ、アヤトを紹介する。
「さっき知り合って、一緒に回ってた、アヤトさん」
アヤトが「ども」と頭を下げると、今度は久我が「アヤトさん!?」と声を荒らげる。
それを聞いたアヤトは「げ」とあからさまに嫌な顔をして真宏の後ろに隠れる仕草をする。
「は!? なんでアヤトさんがここにいんの!? てかなんで真宏といんだよ!」
訳わかんねぇ、と呟く久我に真宏は慌てて説明をする。
「あ、俺が迷子になってたらアヤトさんが声掛けてくれてせっかくだし、じゃあ一緒に回ろってなって……!」
「違うよ、久我。俺がナンパしたの、真宏くんを」
何故かアヤトはそんな事を言うので、「え!?」と驚いてしまう。
それを聞いていたマオはガッと真宏の肩を掴んで言った。
「お前は、声をかけられたら誰彼構わず着いて行くのかこの馬鹿!!」
……え? なんで俺、怒られたの?
「ちょっと、まおちゃ……」
「そいつが危ねぇ奴だったらどうすんだよ!! 誘拐されたら!? 犯罪に巻き込まれたら!? お前逃げれんのかよ!!」
マオの怒鳴り声に他の客が何事かとこちらを見てくる。
何事かって俺が知りたい。なんで俺はこんなに、いきなり怒られてるの? 悪い事した?
ハゼも久我も真面目にキレているマオを初めて見たせいで、呆気に取られて何も言えなくなっていた。
何とか、しないと、と思い、声を出そうとした、けれど。
「……お、れは……」
「お前なんか、押さえつけたら簡単なんだぞ!! いきなり居なくなって、知らねぇ男と一緒に居て、ナンパに軽々しく着いてってんじゃねぇよ!!」
その一言で、真宏の中の何かがぷちんっと切れた気がした。
真宏が俯き下唇を噛んだところで、ふと頭上から声がした。
「猫宮、そこまでにしとき」
宇佐美の声にマオは「お前は黙ってろ!」と叫ぶ。
すると宇佐美はマオの胸ぐらを掴んで低い声で睨みをきかせて言った。
「……周り見ろや。説教すんのはテメェの勝手やけどな、場所考えろやボケ」
宇佐美とマオが険悪なムードになる。
宇佐美のお陰でマオの怒鳴りは終わったけれど、真宏は未だに理解出来てない。……出来るはずもない。
「……真宏くん、大丈夫?」
アヤトの心配そうな声が聞こえ、やっと真宏は顔を上げた。
その様子に、ハゼ達やマオ達が何かを言いかけたがそれらを遮りいち早く真宏が口を開けた。
「あの」
無表情にマオを見上げる。
「なんで俺は怒られたんですかね」
そう言い返すと、また苛立った様子のマオは「あ?」と言ってくる。
「ま、真宏! まおちゃんは、真宏が心配で─……」
「心配? 心配ってなんで? 怒鳴らなきゃいけないぐらい? ……ってか心配心配ってなに。あんたらから見て、俺ってか弱い乙女か何か? そりゃ確かに喧嘩は弱いですよ、抑えこまれたらアウトかもね。でもだったら何? 迷惑なんかかけてないじゃん、怒られる意味、マジでわかんない」
俺はか弱くなんか、ない。
「だから俺はお前が心配で!!」
「心配だから何だよ!! それで、俺が押さえつけられたら逃げらんねぇだろってセリフに繋がんの!? おかしいだろ!! 俺は男だ!! 力で勝てなくても弱くても男だ!!」
「伊縫、そういうわけじゃ……」
怯むマオに、真宏は訳もなく悔しくなる。
いつだって、自分より強いのは涼雅だった。
真宏は涼雅に守られて生きてきた。だからこそ、強くなりたいと思った。
涼雅は強くて優しい自慢の兄貴。だけれど同時に真宏のほんの少しの劣等感を煽るには十分な人物でもあった。
俺は弱くない。
格闘技はどうしても出来なかったから、心だけは……と思って過ごしてきた。
マオは別に真宏が弱いだなんて思っていない。
守らなければならないとも思っていない。
ただ単純にマオは真宏が好きだから、……好きな人を守りたい一心で居ただけだったのに、知らず知らずのうちに、真宏の唯一のコンプレックスに触れてしまっていたのだ。
「弱いのなんて、俺が一番分かってんだよ」
マオの後ろで宇佐美は無表情に真宏を見つめた。
真宏はもうその瞳に誰も写そうとはしなかった。
悔しくて、恥ずかしくて、切なくて、気づいたらその場から逃げていた。
「あーあ。あんなに怒るから、真宏逃げちゃったじゃん」
ハゼの言葉にマオはギクリとする。
「……だから俺は、心配で……」
「心配だよねーそうだよねー、でもさぁ、それ真宏はなんで? って言ってたじゃん」
だから、心配なのは、俺が伊縫の事を……
「まおちゃんがいつまでも伝えないから、真宏からしたらただいきなり何でもない先輩に怒鳴られただけって思うと思うけど?」
好きだから心配した。宇佐美と言い合いをしていたらいきなりアイツが居なくなって焦ってハゼに連絡して、皆で探しても居なくて、携帯も出なくて、なのに宇佐美は平気そうな顔で焦りひとつ無くて、なんでこいつより俺の方が心配してんのに、伊縫はこんなやつの事が好きなのかと、心底ムカついた。
そのイライラが爆発してしまった。
知らない男と手を繋いで仲良さそうに歩いてる真宏をみて、マオは嫉妬と溜まっていた不安による怒りで、真宏に半分八つ当たりをしてしまったのだ。
「……ックソ。……なんでお前なんだよ……どいつもこいつも……お前みたいなクソ野郎……」
「ちょっと、まおちゃん。うさ先輩にまで八つ当たりすんのは流石に止めろよ」
ハゼも流石に見過ごせない、と宇佐美の前に出る。
たったそれだけの事でさえマオのイライラのボルテージが上がった。
「俺はアイツが好きだから心配してんだ! 伊縫が居なくなっても焦りひとつしない人でなしにも程があんじゃねぇのか!!」
宇佐美の胸ぐらを掴んで言うと、ずっと無表情だった宇佐美はいつにも増して冷たい瞳でマオを見下ろした。
「真宏も言うてたやろ。俺は男やって。それになぁお前ら、真宏は俺らと同じ高校生やで。男やろ。迷子になったらスタッフに言うなり、何なり出来るやろが」
「……っそれとこれとは、」
「おんなじやろ。お前は真宏を信用しとらんって、アイツに怒鳴ったんと一緒や。心配したんなら、それを普通に言うたらよかったんとちゃうん? 頭ごなしに怒鳴り散らされたら、そりゃあ真宏もいい気はせんわな」
「……っでも、」
「結果的に真宏は無事やった。それの何があかんの? 真宏が何かに巻き込まれた。ならそんとき、好きだって俺なんかに宣うんやったら、その気持ちの分全力で助けに行きゃええやろが、お前が」
初めて、宇佐美に何も言えなかった。
普段チャラチャラしていて、相手のことなんて何も考えてないような人でなしのコイツが、今ここにいる誰よりも、アイツを理解してるようなセリフを吐いて、一番冷静にアイツを見れている。
……なんなんだよ、……なんでそこまで見れていて、お前は、アイツを……好きになんねぇんだよ……
「自分らこないな公共の場で怒鳴り合ってほんまアホなん? 恥ずかしくてしゃあないわ。今大事なんはお前らが心配した気持ちを押し付ける事やのうて、真宏を追いかける事やろが」
宇佐美に最もなことを言われたマオたちは、静まり返る。
「……あのぉ〜、なんかごめんね?」
何となく謝罪をした方がいい気がしたアヤトが、小さく謝ると、久我が「ホントっすよ」とため息を吐いた。
「だって真宏くん一人で寂しそうだったからさぁ〜」
「……まぁ、俺らが悪いみたいなもんだしな……」
「主に悪いのはハッキリしないヘタレなまおちゃんだけどね」
マオはハゼの台詞に苛立ったが、その通りなので唇を噛み締めて、拳を握った。
「俺が追いかける」
「おーいってら」
宇佐美はひらひら手を振っていとも簡単に見送ろうとする。
「……なんで、お前は行かねぇの」
分かりきっているのに、聞いてしまった。
俺は伊縫が好きだ。
でも、伊縫は、宇佐美が好きなんだ。
追いかけてきて欲しいのは、きっと宇佐美だ。
抱きしめて、頭を撫でて、それをアイツが望んでいるとしたら、相手は絶対、コイツがいいってアイツは思うんだ。
……だから、……。
「俺らは、恋人やない。"ごっこ"やから」
「……やっぱ嫌いだ、お前」
マオはどうしても、宇佐美とは相容れない。
強く、再確認した。
「伊縫!」
カワウソコーナーの前でしゃがみこんでいる真宏を見つけた。
マオは慌てて駆け寄る。
真宏はしゃがんだまま動かずにカワウソを無表情に見つめていた。
こんな時、なんて声をかければいいんだろう。
宇佐美ならどうするんだ?
いや、なんで宇佐美なんかを考えてんだ俺は。
違う、俺は俺として伊縫に、謝るんだ。
「……伊縫」
話しかけても真宏は答えない。
けどマオは真宏の横にしゃがみ、そのまま素直に頭を下げた。
「……伊縫、ごめんな。怒鳴って、きつい事言った……」
ぽそりと謝ると、真宏は何も言わずにカワウソを見つめる。
カワウソは無邪気に真宏の前でひとり遊びをしていた。
……いいな……伊縫に見つめられるカワウソになりてぇ……
つかなんで俺あんなに怒鳴っちまったんだ……
ただ心配だっただけなのになぁ……
心底嫌になる。いっつもこうだ、短気だからすぐカッとなってしまう。
怖いと思ったかな、嫌われたんだろうか……。
気持ちがズンッと落ち込んでると伊縫がぽそり、と呟いた。
「……動物ってこんなに人間に見られて、疲れないのかなあ」
自分を咎めない真宏の言葉を不思議に思いつつ、黙って聞いた。
「俺だったら、気ままに生きていきたいなあ。見られる為でもなく、弱肉強食の自然界で例えいつ食われてしまうとしても、死ぬ直前まで気ままに生きていたい」
不憫だと言えば不憫にも見える。
動物達は人間が楽しむ為だけに連れてこられ、勝手に見られているのだ。そんな事をする為に産まれてきたわけではないだろうに。
「俺は運動神経良くないし、格闘技も喧嘩も出来ないし、ほんと、ハゼとか久我に比べたら口ばっか達者な奴なんですけど、」
真宏は苦笑しつつカワウソを眺め話を続けた。
「それでも俺はそんな自分が好きなんですよ」
カワウソが一匹、ぽちゃり、と水に入る。
その水音がやけに響いた気がした。
「俺は弱いし、情けないし、皆に助けてもらってばかりで、俺は何にも返せていないけれど、俺はそれでも今の自分、最高だって思ってます」
マオは唇を噛み、拳を握った。
笑顔で話す真宏の言葉は、素敵な話なはずなのに何故か何処か苦しく感じたのだ。
無理に言っているわけでも無いはずなのに、真宏は何かを押し殺しているような、そんな気がした。
「俺は、伊縫を見下してなんかねぇし、……その、弱いとか情けねぇとか、思ってねぇんだよ」
真宏はマオの顔を見ずに、ぼんやり水面を見つめた。
「……俺は、…………その、……好き、だから……好きな奴には男とか女とか関係なく、守りてぇって思うだろ? ……それが昂ってあんな事言っちまったんだ……あの、ほんとに、悪かった……ごめんな」
マオが深々と頭を下げ続け、どれほど経ったのか知らないがふと真宏が低く小さく呟いた。
「嫌い」
「……え?」
その言葉は、何に対して……?
俺に対してだったら、この場で卒倒する自信がある。
いや嫌われるようなことをしたのは俺だ、俺なんだけど。
マオは冷や汗を流し、心臓がバクバクと鳴り僅かに手も震えている。
真宏の顔が見られなくて、頭を下げたまま何とか弁解を……、と思っていると、再び真宏が口を開いた。
「……守られてる自分が……嫌いだから、大丈夫なんです。……俺はぜんぶ大丈夫。心配は俺にとって嬉しくないことなんです……いやなんです、弱いって言われてる気分になって……嫌です」
何度も、嫌だと繰り返す真宏の手は強く己の腕に爪を立てていた。
恐らくそれは真宏が無意識でしているようで、マオは思わず真宏の手を優しく掴んだ。
「……伊縫」
そっと手を剥がし、触れると不意にぎゅっと、掴まれた。
「……俺、……よわいですか……?」
「……、」
泣きそうに歪められた顔で見つめられ、ドクンッと心臓が高鳴る。
可愛い、守りたい、苦しいのだろう、俺がぜんぶ受け入れたい。
宇佐美なんかじゃなく、俺の方がお前の事を愛してる
「お前は、弱くない」
手を繋ぎ、しっかりと見つめ返した。
「俺は、伊縫が強いのを知っている。真っ直ぐで、素直で人とあんなに本気でぶつかれる人間なんて早々居ない。自分が傷つく事を厭わないお前は、強いよ、すげぇ強えよ」
だから俺はお前が好きなんだよ。
そう言うと、真宏は顔を思い切り歪めてぼろぼろ泣き出した。
やっと雰囲気がいつもの真宏に戻った。
張り詰めていた空気が綻び、崩れ、同時に真宏もどんどん脱力していったようだ。
「……っ、……ごめ、なさ……っ」
ぼろぼろ泣きながら崩れていくので、慌てて真宏を引き寄せ抱き締めた。
「……大丈夫、俺こそごめんな。いきなり怒鳴られて、大きい声出されてびっくりしたよな、ごめんな」
ぎゅう、と抱き締めると腕の中の真宏が僅かに震えていたので、罪悪感で胸がいっぱいになる。
縛らく背中を撫でていると、どこからか視線を感じ、気配の先に目をやるとカワウソがめちゃくちゃこっちを見ていたので、しっしっと追い払った。
マオの手の動きにびっくりしたのか離れてはいったけど、遠くからまだ自分たちを見てくるので、睨みをきかせておいた。
そうしたらちょっと飼育員さんに睨まれたので、慌てて真宏を目立たない場所まで引っ張って抱き締め直したのだった。
落ち着いた真宏は鼻を啜りつつ、「……すみません」とまた謝り、「もう謝んな。俺の方こそ悪かったから」とマオに頭を撫でてもらった。
真宏が安堵したように嬉しそうにへにゃりと笑うので、どきゅんっと胸を撃ち抜かれる。
「……みんなの所もどりましょう」
鼻声の真宏に手を引かれ、マオの心臓は破裂寸前だった。
「……お、おう……」
「どうしたんですか?」
マオの様子に不審に思った真宏が首を傾げれば、マオは一つ咳払いをして言った。
「いや、何でもないデス」
真宏はマオに対して今までよりも心を開いたらしく、道中ずっとマオの手をぎゅ、と握っていたもんだから、マオからしたらもう色々あちこち爆発しそうでただの苦行だった。
「あ、真宏!」
ハゼの声に真宏はぱあっと顔を明るくする。
マオもマオで苦行から解放されぱあっと顔を明るくしていた。
真宏はマオから手を離して、駆け寄ってくる皆に「心配かけてごめんなさい」と素直に謝っていた。
ハゼと久我は「俺たちこそごめん〜!!」と伊縫を抱き締めていた。
ハゼはマオに目をやって、ニヤリと笑ってくる。
(やったじゃん)
そんなアイコンタクトをしてくるので、マオは(うっせ)と返しておいた。
そうしてちらり、と宇佐美を見るとやっぱりどうでもいいのか、ベンチでうたた寝をしていた。
マオが宇佐美の脛を蹴ってやると、「いだっ」とイラついたように目を覚ました。
「なんなん」
「お前がなんなん、だよ。伊縫に声掛けてやれよ」
そう言うと、宇佐美は「はぁ……」とため息を吐いた。
「……お人好しにも程があるんとちゃう?」
呆れたように言われ、「何の話だよ」と返すと、宇佐美は言った。
「ほんまに好きなんやったら今こそチャンスちゃう? 俺やったらそのままお持ち帰りコースやな」
「……ざけんな、クソ野郎」
蔑んだ目で見下ろせば、宇佐美はマオを嘲笑った。
「さっさとしぃや。俺に食われても知らんで」
宇佐美の視界の先には皆にヨシヨシされている真宏が居る。
「お前にアイツを食う勇気なんてねェくせに」
マオはそう吐き捨て、真宏の元へと戻って行く。
残された宇佐美はぼんやりと真宏の顔を眺め、目を閉じた。
一悶着あった真宏達は無事にアヤトを加えて六でまわる事になった。
偶数になるとやっぱりペア化され、久我はアヤトと、ハゼは宇佐美と、マオは真宏と、並んで歩いた。
ハゼは時折、宇佐美と並んで何やら真剣そうな顔で話しているので、何でかその雰囲気に横入りはできなくて大人しくマオの魚演説を、うんうん、と聞きつつ歩いていた。
「んじゃあ、お土産コーナーでも見て水族館出る〜?」
ハゼの言葉に真宏は「おー!」と返事をした。
お土産コーナー!! ずっと楽しみだった!!
杏と涼兄に何買ってこうかな。普段使い出来るものがいいかなぁ?
それとも、お菓子がいいかなぁ。
六人でああでもないこうでもない話しつつ、お土産コーナーに足を踏み入れる。
様々な魚のぬいぐるみがあって、大きいサメのぬいぐるみもあった。
「まひ、ミヤビさ……ああいや、ちゃうな……」
いつの間にか隣に立っていた宇佐美の声に、首を傾げる。
「? 涼兄のこと?」
「あ、せやせや。涼兄さんに土産買うてくん?」
「うん」
宇佐美は涼雅を[[rb:ミヤビ > ・・・]]と呼ぶ。
未だに兄と宇佐美の関係は聞いていない。
……というか、あのあと色々心が忙し過ぎてすっかりその事を聞くのを忘れていた。
真宏はサメのぬいぐるみを抱き締めつつ宇佐美に聞いた。
「ねえ先輩はさ、涼兄の事どうして知ってるの?」
そう問うと、宇佐美は少し驚いた顔をして手に持っていたチンアナゴの玩具をピコピコ揺らす。
「あれ? ミヤビさんから聞いてへんの?」
「うん、聞こうと思ってたんだけど忘れてました」
素直に言えば、宇佐美はチンアナゴを棚に戻して別の玩具を手に取る。
「ミヤビさんは、ホストクラブで前一緒に働いとった、俺の先輩やな」
え……? ホストクラブ……?
そういえば涼雅は一時期夜バイトしてた事があった。
やけに派手になったし、香水や酒、タバコ臭いなって思う時期があった。
「ミヤビさんは俺の恩人なんやで、まひろちゃん」
クマノミのぬいぐるみで顔を隠し、ヒレをぴょこりと動かして裏声で、クマノミが喋ってるように見せてくる宇佐美。
「え、でも先輩未成年じゃん……? 働けたの……?」
干渉を嫌がる宇佐美は、この問いに答えてくれないかと思ったけれど、意外とあっさり答えてくれた。
「あー、それはな。俺、そーせんと食えへんかったからなぁ。ま、今もやけど。無理言うて働かしてもろて、色々あかん時は、そん時ナンバーワンやったミヤビさんとオーナーに囲ってもろてん」
……へぇ。
確かに、涼雅はそういう人に面倒みが良い。
そっか、宇佐美の事を涼兄が面倒見てたんだ。
「真宏の兄貴はカッコええよな」
「……!!」
不意に、大好きで自慢の兄を褒められてパッと顔を上げる。
宇佐美は慈愛に満ちた優しい顔をして真宏を見つめていて、真宏はぱあっと顔を明るくした。
「涼兄、世界一カッコイイんだよ!!」
そう言って笑うと、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
「知っとる」
宇佐美は真宏の頭を雑に撫でて、再びチンアナゴに向き合った。
杏にセットしてもらった髪は崩れてしまったけれど、それよりも何よりも、兄を褒められたのが嬉しくて嬉しくて、家に帰ったら絶対涼兄に言おうと決め、頬が緩んだ。
うれしいなぁ、家族を褒められるのは、とっても嬉しい。
「まひ、このチンアナゴ家におったら可愛いよな」
「それは……どうかな」
にょいんにょいんと動くチンアナゴを片手に一個ずつ持って動かす宇佐美に、そこは真顔で返した。
折角なので、お揃いのサメのキーホルダーを三人分買った。
涼雅にはちょっと濃いめの青のサメ、自分の分は水色のサメ、杏にはピンクのサメにした。
家の鍵に付けよう。
「サメさんにすんの?」
「サメさんにする」
あと、お菓子も買おう。
この二十四枚入のクッキー無難だろう。
あ、でもこっちのエビせんも気になるな。
でもそんなにお小遣い無いしなぁ……。
「な、真宏!! このエビちゃんTシャツ可愛い!! 買わへん?」
「可愛いけど俺はいらない。欲しいなら買ったらいいんじゃないですか?」
そう言うと宇佐美は、ぶーっと口をとがらせて「ちゃうやん〜、ペアルック? 流行っとるやん」と拗ねたように言う。
「ペアルックしたいの? 」
「したい」
「なんで? 」
「わからん」
全くもって意味のわからない宇佐美だが、何故か強請るような顔をしてくるので真宏は渋々頷いた。
「……じゃあ、記念に買う?」
「買お! ほんで着よ!」
「今着るのは嫌」
なんだかんだ言い合いつつ二人でレジに向かうと、真宏の手にあったエビちゃんTシャツと気になってたエビせんを宇佐美にひょいっと取られ、驚いてるうちに宇佐美の番が来てそのままお会計をはじめてしまう。
「え、せんぱ、それ」
慌てて駆け寄ると、宇佐美は、しー、と人差し指を口に当ててニヤリと口角を上げた。
「これは俺からミヤビさんに、大事な弟さんとデートさしてもろたお礼、な?」
どきゅんっ、と明らかに何かに胸を攻撃された。
恋心が具現化するような病があったとしたら、今真宏の体からは大量にハートがぽんぽこ無遠慮に飛び出し踊り回っていただろう。
心臓止まるかと思った。いや多分止まっていた。
おま、……おまえ、……おまおま……お前の顔、お前の顔が罪!!
俺が死んでたらお前殺人犯だからな!?
……なんて、爆発しそうな心臓を抑えつつヒィヒィと肩で息をした。
「なに? 心臓発作?」
宇佐美は怪訝そうに見てくるので真宏は「……たぶん」と答えておいた。
二人で会計を終えて、ハゼ達の所へ向かった。
ハゼ達もまた一悶着あったみたいだが、無事に各々好きなものを買えたらしい。
ハゼの機嫌も治り、マオも機嫌よく真宏の隣に戻ってきた。
アヤトと久我も仲良さそうに並んで歩いている。
いつの間にかハゼは宇佐美と並んでまた、真面目そうな顔で何かを話していた。
あの二人は、意外と仲良いんだな、なんて思った。
真宏の隣で魚について熱く語るマオの声を聞きつつ、視界の端にうつる宇佐美をちらりと見て、視線を逸らした。
「僕は、まおちゃんの方を応援してるんで」
ハゼは宇佐美の隣に行き、真宏に聞こえないようにそう牽制をした。
ハゼは水族館での宇佐美から真宏への態度が初めからずっと気に食わなかった。
わざと避けてるくせに、お土産コーナーの時には真宏を甘やかしたりして。
その度に、真宏は一瞬浮かれるけど自分で言った「恋人ごっこ」に縛られて、その都度分かりやすく落ち込んでいた。
真宏を弄んでるようにしか見えない宇佐美の行動に、ハゼは人知れず苛立ちが募っていたのだ。
「あ〜……」
分かっているとでも言いたげな返事をしてくる宇佐美にまた苛立ちが募る。
ハゼは自分で、過保護な性格だとは思う。
自覚はしている。
本来、普通の男子高校生が、同級生の事をこんなに心配するのはおかしいのかもしれない。
相手だって自分と同い年なのだから、それなりに傷ついて成長したって良いはずだ。
だけどそんなのハゼだって百も承知。
それでも真宏をここまで心配してしまうのは、初めて会った頃の出来事に理由があった。
自分よりも30センチ程高い赤髪の男を恨めしく見上げ言う。
「真宏には宇佐美さんいいじゃんとか言ってはおいたけど僕は、貴方が好きじゃないので」
「随分素直やな」
真宏がこの男を好きになったんだと泣きながら言った時、嘘だろって本当は思っていた。
なんでよりによってあんな奴なんだよ、と。
ハゼは同性愛にネガティブな感想は持たない。
だけど、せめてもっと正統派で真宏に真っ直ぐぶつかってくれる人の方がいいんじゃないかって思った。
それこそ、猫宮 眞於は一途に真宏を好いている。
傍から見たらまだまだヘタレだけど、ヘタレになるほど真宏を好きだって事だ。
それだけ真っ直ぐなマオなら、真宏を絶対幸せにしてくれるはずなのに、真宏はマオに靡かない。
ハゼは宇佐美を横目で見つつ、ため息を吐いた。
「……はぁ。当たり前でしょ。アンタみたいな素性のはっきりしないような、明かせないような人、真宏みたいなバカ正直に生きてる人間とは似合わない」
宇佐美は黙ってただ前を向いて歩く。
「僕は、真宏の友達だから。大切な友人には絶対に幸せになって欲しいでしょ」
友人として当たり前の事を伝えれば、宇佐美は自嘲気味に笑う。
「……さぁ。俺には友達おらんしな。……ただ、真宏が猫宮との方が幸せになれるっちゅーんは、……同感やな」
宇佐美の台詞に更に苛立つハゼは、眉を寄せた。
「……はあ? 自分で言うの?」
「事実やろ」
あっけらかんと言って退けるコイツの脛を思い切り蹴ってやりたかった。
真宏は体当たりで恋をしているのに、……コイツはのらりくらりと真宏を誤魔化すんだ。失礼にも程がある。
今回だって、真宏みたいに嘘を付けない子が「恋人ごっこ」を自ら言い出すなんて正直驚いた。
真宏は真っ直ぐが故に、器用な子では無い。
だからこそ、恋愛の駆け引きなんて上手く出来るわけない。
結局、真宏が我慢するだけの期間になってしまうのに、そこまでして宇佐美が好きなのか。
こんな奴を好きになる要素が分からない。
「……やっぱり、自分の事をそうやって言うアンタには、真宏はあげられない」
ハゼの切実な呟きに宇佐美は何も、答えなかった。
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