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第2話

独国と日本が戦争を引き起こし、東京が空襲に合うかもしれないと噂になっていた頃のことだった。 医者を継ぐ家系である家なのに、医師としての知識をまるで持っていなかった僕は奥入瀬渓流の近くへと疎開することになった。 戦争が怖くて疎開したのではなく、医者として働く父と兄、看護婦として助手を勤める母の邪魔になりたくないから僕は疎開を決めたのだ。 でも奥入瀬を選んだのは僕の意思だった。 ここの景色はとても美しくて良いと聞いたからだ。 僕の職業は画家だが、まだ玉子だ。 玉子だから職業とは言えないだろう、……でもいずれは職業にはしたかった。 好きなことで将来食べていけたら僕は幸せだと思うけど、東京では散々『遊び人』と言われた。 定職には就かず、毎日景色ばかり描いていたら誰だって思うに違いない。 僕は裕福な家の恩恵を受けて生活をしているのだから、他人の悪評くらいは甘んじて受けことを覚悟して有名な画家を目指していた。 「先生、ここが今日から先生のお宅ですよ」 そう駐在さんに案内されたのは、洋風な古い家屋だった。 「僕は本当にまだ駆け出しの玉子ですから、先生はまだ先の話です」 「そんなことないです、先生の絵は立派だ。ここでゆっくり村の絵を描いてください」 しかしこんな田舎にこんな洋風な家なんて建てられたもんだな、と半ば感心していたら家の裏に小さな小屋に大きい椎の木が植わっていた。 「先生、ここに秋には栗鼠が来る。そりゃあ可愛いもんですよ。……秋には是非楽しまれてください」 「有難う御座います」 「先に送られてきた荷物は適当ですが運んどきました。移動したいときは呼んでください。オレも先生のためなら頑張りますから」 見た感じ親父より遥かにお爺さんかだから力仕事は任せられないかな、と思いながらもお礼を言うと帰っていった。 ……僕はまだ先生じゃないんだ、なのに駐在さんは直してはくれなかった。

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