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第8話

僕は鎌で切られた髪の願掛けは諦めることにした。 夕日に染まる空、椎の木の下で、僕は流に髪を切って貰っていた。 全くこの子供には散々な目に合わされた。 貴重な僕の時間と清い身体を返して欲しかった。 「ゆうせいって変なヤツ」 「僕は変だ。同じぐらいの歳の奴は、お国のために喜んで戦場に行くのに僕は画家になりたくて拒んだ。その上空襲で焼かれた場所が描きたくなくて、この奥入瀬に来たんだ」 家族の邪魔になりたくないというのはただの言い訳で、ひょっとしたら僕は戦うのが怖かったのかもしれない。 「僕は怖がりなのかもしれない」 きっと僕は怖がりだ。 奥入瀬を選んだのは、自然が景色が綺麗だからだが、それは戦場ではないから残っている景色なんだ。 「ゆうせいは怖がりじゃないと俺は感じてるよ。だってさ、俺のこと今日二度も助けてくれたじゃん!!」 人を助けたことがあったら、何故怖がりじゃないと言えるのだろうか。 「ホントの怖がりは、俺が襲われてても見て見ぬふりする」 ……流は今まで見て見ぬふりをされてきたのだ、こんなに小さな身体で。 こんな幼い彼を村の男は『美しい稚児』という理由だけで襲っているのだ。 「だからって大人を襲って良いなんて思わないけどな」 「反応したら相子だよ!!俺はそう教わったもん」 「誰にだ?」 「襲ってきた男達」 どうしてそうなるんだろうか、僕には全く理解が出来なかった。 「……疎開先間違えたのかな」 僕はボソリとそういうと、髪を切る流の手が止まった。 「ゆうせい、……どっか違うとこ行っちゃうの?」 「流?」 「じいちゃん死んでから……俺は寺に一人。檀家もいなくなった。俺が寺から出たら人気がない所で下に敷く……。抵抗したってムダだった。俺の力は弱いから逃げられない。ゆうせい、どっか違う所行くんなら俺も連れてってよ!!」 「僕には流を連れていく権利はない。それに多分流には戸籍は無いだろう」 「コセキ?」 「僕は流に優しくしてあげたいと思う。幸せになって欲しい。でも外には出してあげれないんだ」 「ゆうせいが俺の父ちゃんだったら幸せだったかもな」 ……冗談はやめてくれ、父親に身体を捧げる子供なんてどう考えても犯罪だ。 子供に身体を襲われる父親も嫌だな。 「出ていかない。僕はここにいるから、頼りたくなったら流が来ればいい」 「ホントか?!嬉しい!!」 「それと僕は未婚だから父親は流石に嫌だ。流はいくつなんだ?」 「十五!」 ……はぁっ?! 「流の歳は」 「だから十五だって」 ちょっと待ってくれ。 「僕と流は十一才しか離れていないじゃないか」 「え?ゆうせい三十六だろ」 「僕は二十六だ!!もう…いい流、髭も頼む」 もう完璧に願掛けはやめよう、……良いことなんてまったくないじゃないか!! 目の前にある夕日は綺麗だった。 しかし折角綺麗な景色の場所が台無しだ、まだ一枚も景色は描いてない。 だが……デッサンは眠っている流を数枚は描けた。 髪が切り終えたのは日が落ちる寸前で、そのまま家の中に入り僕は流に髭を剃ってもらった。 髭を完璧に剃ったのはいつぶりだろうか。 剃りながら流は僕の顔を見て不思議そうな表情をしていた。 「ゆうせいってホントは色男だったんだ……」 「学生の頃や軍隊にいた頃は何度か言われたことはあるな」 僕は鏡を見てみたが自分が色男など思ったことはなかったが、何度か恋文をもらったことはあった。 「先生だし、チンコおっきいし、背高いし、色男、いいヤツ!!」 「僕はまだ先生じゃない……」 「決めた!!俺ゆうせいの愛人になる」 ちょっと待ってくれ、……流どうしてそうなる。 僕は頭が痛くなり頭を抱えた。 「そうだ!!ゆうせいと結婚しよう。そしたら誰も襲わなくなるってじいちゃんが言ってた」 「どうしてそうなるんだ……」 「俺、髭だって剃るし洗濯だって料理も出来る。助平なことも、ゆうせいとなら俺気持ちいい!!」 流にまとわりつかれて僕は本当にどうかしていた。 「んんん、……僕の恋人候補なら百歩譲って認めよう」 「……恋人!!なるっ!!ゆうせいの恋人っ!!」 それで流が村の男から襲われなくなるなら、良いことかもしれない。 しかし駐在さんになんて説明したら良いだろうか、僕はその事で頭がいっぱいだった。

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