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ハイジと、初めての海

アパートを出る時は、あんなに晴れていたのに…… 行く手を阻むかのように、鉛色の厚い雲が直ぐそこまで迫っていた。 それでも──ハイジは僕をバイクの後ろに乗せ、海岸線を風を切って突っ走る。ただ只管(ひたすら)に。前だけを向いて。   ◆ ──ドーン、ザザーンッ 高くて大きな波が押し寄せ、海岸近くのテトラポットにぶつかっては激しい飛沫をあげる。 決して綺麗ではない砂浜。潮の匂い。 波が来ない場所にある、テトラポットの残骸。平で座りやすいその上を片手で払い、ハイジが僕の手を引き座らせてくれる。 「凄ぇ波だな」 「……うん」 「なんつーか、映画が始まる前のアレ……『東映』みてぇな」 「……うん」 広くて大きな海。 全てを飲み込もうと、激しく打ち寄せる波。 空は全て鉛色の厚い雲に覆われ、くすんだ海の色とほぼ同化している。 辺りは白み、直ぐにでも雨が降りそうな空気を孕む風が吹いた。 海のある県に住みながら、海を見に来た事なんて無くて。 こうして……プライベートで誰かと二人で遠出したり、一緒に海を眺めたりするのは初めてだった。 あの日、ハイジと出会っていなかったら……僕はどうなっていただろう。 きっとあの家から抜け出せずに、鬱屈とした毎日を過ごしていたかもしれない。 澱んだ空と海の境界線を、一匹の海鳥が飛んでいく姿が見えた。 「……あー、もっと晴れてたらなー。沈んでく夕陽とか、凄ぇ綺麗なのに!」 「ハイジ……」 「あン……?!」 隣に立つハイジを見上げれば、驚いた顔をしたハイジが僕を見下ろした。 無機質な白金色の髪が、サラサラと潮風に靡く。 鉛色ばかりの景色の中でキラキラと輝き、とても綺麗に見えた。 「……また、一緒に来たいな」 少し照れながら口にすれば、ハイジの目元が緩み、口角が綺麗に持ち上がる。 「おぅ。ぜってぇ、また連れて来るからな。……この夏、楽しみにしてろよ!」 ハイジの大きな声が、波の音に負けじと響く。 少しだけ開けた視界。 未来を心待ちにするなんて事は、今までになくて── 「……うん」 きっとカンカンに晴れて暑いんだろう今年の夏に思いを馳せ、ハイジに小さく微笑み返した。 END

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