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Just the beginning ⑯

 カードキーでドアを解錠して、中へと入る。疲れ切った体に部屋の灯りは強すぎたので、デスクライトだけを点けた。ぼんやりと明るくなった部屋で初めて、その違和感に気づいた。が、気づいたときには遅かった。  すっと、音もなく、章良の後頭部に硬い塊が抑えつけられた。もちろん、それが何かは確かめなくてもわかる。 「……どうゆうつもりだ、黒崎」 「あれ? なんで俺ってわかった?」 「……匂い」 「ああ……香水? なるほどね。アキちゃん、鋭いな。研究んときは付けられないから、出かけるときだけ付けてんだけど」 「えらい物騒なもん持ってんだな。一応、この国では違法だけどな」 「知ってるけど、ジュンに頼んだらどっかから貰ってきてくれた」 「……要求はなんだ」 「脱いで」 「断る」 「……即答だな」  カチリ、と安全装置を外す微かな音が、静かな部屋に流れた。 「…………」 「何にもしないから。脱いで」 「……信用できねぇけどな」  そう言いながらも、章良はスーツのジャケットに手をかけた。ゆっくりと脱いで、床に落とす。それからネクタイを取った。ワイシャツのボタンを外していきながら、章良は心の中で自分の失態に思いっきり舌打ちをした。  情けない。完全に自分の落ち度だった。本来ならば部屋に入った時点で、相手の気配に気づいていなければならなかったのに。いつもはある、野生の勘みたいなものが全く働かなかった。でもそれは、自分が油断していたからだけじゃない。  空港で会ったときに感じた、黒埼に対してのあの引っかかりの確信が持てた。章良は、わざと時間をかけて服を脱ぎながら、黒崎に尋ねた。 「お前、一体誰だ」 「え? 俺? 日本生まれのアメリカ人だけど」 「……質問の意味、わかってんだろ」 「いや、わかんないけど」 「お前、ただの研究者じゃねぇだろ。少なくとも、ただの研究者が気配消したり、隙のない動きしたりできるわけない」 「そう?」  とぼけて何も答えようとしない黒崎に、章良の苛立ちは募る。  今朝、初対面で抱き締められたとき。章良にはそれを回避する間も与えられなかった。それは、黒崎の動きがあまりにも無駄と隙がなかったからだ。さっき黒埼の気配にすぐに気づけなかったのも。章良が油断していたせいもあるが、黒埼が直前まで完全に気配を消していたから察知が遅れた。  この瞬間さえも。話をして注意を逸らし、なんとか形勢逆転を狙っているのだが、やはり反撃の隙がない。おそらく黒崎は只者ではない。どこかで特殊な訓練を受けているはずだ。しかも、かなり腕が立つ。  こういう輩に拘束された場合には、もう道は2つしかない。降伏するか。殺されるか。章良は迷わず前者を選んだ。殺されたらそこでゲームオーバーだが。降伏すれば、まだ逆転のチャンスはある。

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