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Just the beginning ㉑

 気を失ったままベッドに横になる黒崎を尻目に、涼に自宅から持ってきてもらっていた私服に着替えた。着替え終えたと同時に、ホテルのドアベルが鳴らされた。相手を穴から確認して、ドアを開ける。少し余裕のない顔をした涼が立っていた。 『章良くん、大丈夫?? 何かあった?? さっき電話したけど出ねぇし』 『大丈夫。だけど、殴った。黒埼』 『え?? ……やっぱり、ここに来てたのか、あいつ』 『襲われた』 『それ……どういう意味の……?』 『エロい方の意味。最初は殺されるかと思ったけどな』 『……ヤられたってこと?』 『最後まではされてない』  すると、涼がはあっ、と大きな溜息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。 『ごめん、章良くん。俺のせいだわ』 『なんで?』 『ちょっと自販機でジュース買ってきたいって言われて。付いていくって言ったんだけど、フロア内だし、すぐだからいいって言われて1人で行かせた。そしたら、全然帰ってこなくて、フロアからも消えてて、やべぇと思って章良くんに電話したけど出ねぇし、なんかあったかと思って』 『……そうか』  涼の説明を聞いて、なるほどな、と思う。 『もうあんまり時間がないから』  そう黒埼が言っていたが、あのとき鳴った携帯の相手が涼だと黒埼はわかっていたのだ。黒埼が逃げ出したことに涼が気づき、章良へ連絡がくることを予想していたわけだ。そのあと、涼がここに駆けつけるだろうということも。 『ほんとはどこ行くのにも同行しねぇといけないのに。俺、今回、危険性が薄いからって油断してたわ。ほんと、ごめん』  そう言って、涼が立ち上がって、頭を下げた。 『涼、いいから』 『章良くん……』  涼が泣きそうな顔で頭を上げた。 『確かに警護としては失格だけどな。どんなクライアントでもどんな状況でも勤務中は最大限の配慮しねぇと。だけど。今回の場合、結果的には命の危険はなかったんだし。まあ、災難ではあったけどな』 『章良くん……』  涼が、ベッドの上に倒れている黒崎の顔をじっと見て言った。 『俺、こいつ、知ってる』 『え?』 『会ったとき、見覚えあると思ってさ。そしたらすぐ思い出した。こいつ、章良くんと一緒にいるといた奴だわ』 『は?』 『勤務中とか。それだけじゃなくて、買い物とか行ったりしたときとか、人混みん中に紛れて章良くんのこと見てた』 『それ、確かか?』 『ん』  章良は涼の記憶力は絶対だと信じている。涼は瞬間記憶能力、別名カメラアイ、と呼ばれる特殊能力を持っていた。見たものを瞬時に記憶できる能力で、どんなに時間が経ってもまるでカメラで撮った写真を見るように細部までありありと思い出せる。  それが、尚人と同様、『特別捜査員』として機動隊に入隊を認められた所以だった。

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