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Don't believe in never ⑩

 日本滞在時には黒埼を晃良宅へ泊まらせるという約束をしていたので、渋々黒埼を一緒に自宅へ連れて帰るはめになった(黒埼がレンタカーを借りていたので、それで帰った)。  了承してくれているとは言え(文句は言われた)、突然の黒埼の訪問で、きっと尚人と涼に嫌な顔をされるだろうな、と思っていたが。 「あ、アッキー、お帰り。久しぶりだね」  そこには、和やかムードで団らんする尚人、涼、有栖の姿があった。 「ジュンも来てたのか。久しぶりだな」 「あ、ガッちゃんもお帰り。どうだった? 晃良くんの貞操の危機に間に合った?」 「ん。危機一髪だったけど」 「黒埼くん、何か飲む?」 「チーズもあるよ。結構いいとこのやつ」 「…………」  機嫌よく黒埼に話しかける尚人と涼の言葉に、晃良は耳を疑った。  は?黒埼?いいとこのチーズ?いつの間に尚人も涼も黒埼に友好的になったのだろう。昨日までは、『黒埼って人』とか『あいつ』とか、全く好意的な感じではなかったのに。 「黒埼。お前、あいつらになんかしたか?」 「は? 何にもしてないよ。俺、空港から直接アキちゃんとこ行ったし」 「…………」  いぶかしげに尚人と涼を観察する。と、リビングテーブルの脇に見慣れない箱が2つ置いてあるのが見えた。  まさか。  その箱に近付いて中身を確認する。  あいつら……。買収されやがった。  その箱の中身は。涼が前から欲しがっていた最新モデルのPCと、尚人が欲しがっていたこれまた最新モデルのキッチンナイフセットだった。有栖が邪気のない笑顔で、ガッちゃんから、とこの箱を2人に差し出す姿が容易に想像できた。黒埼の参謀、有栖にまんまと周りを固められた。  それにしても。自分はPCとキッチンナイフセットに負けるほど価値がないのか。 「晃良くん、飲まないの?」  すでに黒埼も交えて飲み会が始まっている中、尚人が声をかけてきた。晃良は眉を寄せて仁王立ちしたまま答えた。 「飲む」  結局その後、晃良もやけ酒に近い酒を飲み、夜中近くになって宴会はお開きとなった。そして予想した通り、3部屋しかない寝室を巡り誰が誰と寝るかで一悶着起きた。  晃良は自分の部屋を空けて、有栖と黒埼に使ってもらおうとしたのだが、当たり前のように黒埼が難色を示してきた。アキちゃんと寝たいっ!と駄々をこねて、それを晃良が断固として拒否し、しばらく小康状態が続いた後、有栖が、ガッちゃん、今日は急に来たし、晃良くんも心の準備ができてないんじゃない?となんとか宥めてくれ、黒埼が渋々折れたのだった。  この時気付いたのだが、黒埼は結構、有栖の言うことを聞く。あの2人の関係は、一見黒埼が好き勝手やっているように見えるが、意外に有栖が実権を握っているのかもしれない。

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