63 / 239
Going out with you ⑧
黒埼が夕方には空港に到着しなければならなかったので、近場のどこかがいいだろうと相談した結果、黒埼が行きたい場所があると言うのでそこに行くことにした。黒埼は今回タクシーで来たらしいので、晃良の車で向かうことになった。
ちなみに晃良、涼、尚人ともそれぞれ車を所有している。マンション専用駐車場は1台分しか確保できなかったので、年功序列で晃良がその1台分を利用し、涼と尚人はマンション近くの立体駐車場で月極契約をしていた。
晃良の車であるにもかかわらず、最初、黒埼は、運転は彼氏がするもんだ、と運転手側に回ろうとしていた。しかし、急いで来たためか国際免許証を忘れてきたらしく、結局、晃良がハンドルを握ることになった。
黒埼が行きたかったのは、都内にある、江戸の二大庭園として人気のある日本庭園だった。その庭園が位置する公園内には駐車場が設けられてなかったので、近隣の駅の駐車場に車を停めて、徒歩で公園まで赴いた。
「凄えな」
公園内の、目の前に広がる紅葉したモミジに目を奪われる。丁度、この時期は紅葉がピークで、平日にもかかわらず結構な数の観光客が訪れていた。見事な紅葉の中、ゆっくりと園内を散策する。
「お前、よく知ってたな、ここ」
「ん。俺、結構好きだから。寺とか、日本庭園とか。日本の伝統的なものとか、歴史的なものとかに触れると楽しいし。どんなものでも現代まで引き継がれる意味みたいなのがあるんじゃないかと思って、それを考えるのが好きなんだよね」
「そうか」
「俺、小さい頃にアメリカに帰化したから、日本人の血が流れてるって言っても日本人な感じがあんましないんだよ。だから、こういうのに触れて、少しでも日本のこと知りたいと思うし、自分は日本人でもあったんだって思いたいのかも」
アイデンティティ、みたいなものが曖昧だから。そう言って、黒埼が少し微笑んだ。そんな黒埼を見ながら思う。
日本人であって日本人ではない。そんな感覚は生まれも育ちも日本である晃良にはない。黒埼に選択はなかったとはいえ、日本ではなく他国へ養子に出されるというのは、当時の黒埼にとってもかなり覚悟の要ることだったのではないだろうか。
日本人の晃良以上に、日本への愛着や興味が沸くのは理解できる気がした。それと同時に、国籍上、日本人ではなくなってしまったことに、黒埼が多少なりとも寂しさを抱えていることも感じた。
黒埼は、アメリカで一体どんな日々を送っていたのだろう。そこで晃良は気づいた。自分はまだ、黒埼のことを何も知らない。記憶の中の黒埼のことも。施設で別れた後の黒埼のことも。
ともだちにシェアしよう!