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Touched on the past ⑯
「アキちゃん、遅かったな」
施設を出て駐車した車のところまで歩いていくと、バックミラーで気が付いた黒埼が車を降りて声をかけてきた。
「ちょっと……話し込んだから」
「そう?」
「ん……」
晃良は言葉少なげに答え、黒埼の脇を通り助手席に乗り込んだ。黒埼はしばらく外に立っていたが、やがて車の運転席へと乗ってきた。いつもの調子で話しかけてくる。
「どうする? まだ時間あるけど、もう帰る?」
そう黒埼に聞かれ、晃良はポツリと呟いた。
「裏山……行かね?」
「……いいけど」
「唯一、俺の記憶があるところだから。一度見ておきたいんだけど」
「……分かった」
車で数分の、裏山の麓へと向かう。その裏山は、そこまで高くもないためかハイキングコースとして人気のようで、麓にはきちんと駐車場が設けられていた。そこに車を停めて山を登り始める。晃良の夢の記憶よりは随分と整備されている道だった。
ここを、幼い頃の晃良と黒埼が手を繋いで歩いていた夢の一部分を思い出す。夢が正しければ、もう少し上るとあの木造の橋が出てくるはずだ。
「あ」
水の流れる音が耳に届いて、晃良がふと顔を上げると、前方に立派な鉄筋の橋が見えた。その橋の前まで来て立ち止まる。黒埼が隣に並んだ。
「……ここも変わったんだな」
「……あの橋、ボロボロだったしな」
晃良は一歩踏み出して、橋を渡り始めた。後ろから黒埼が続く気配がする。橋の真ん中まで辿り着いて、手すりに手をかけて川を覗いた。夢の中で見た、水かさの増した濁流のような流れではなく、透明の水が小さな音を立てて穏やかに流れていた。
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