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Touched on the past ⑳
「アキちゃん?」
怪訝な顔で黒埼がこちらを向いた。黒埼の顔を見上げる。何かを訴えるような晃良の必死な顔に、黒埼も真剣な表情になった。周りの会話がざわざわと聞こえる中、見つめ合う。
「……どうしたの?」
黒埼が静かに問いかけた。
「……ごめん」
「…………」
「俺……まだよく分かんないだよ。全部思い出すこともできないし、黒埼に話聞いた時もよく実感が沸かなくて……」
「…………」
「急だったし、予想以上の話だったから戸惑ったのは本当だけど。それでお前を傷つけた。自分から聞いといて、ほんと、ごめん」
黒埼の目を真っ直ぐに見つめながら言葉を続ける。
「だけど。このままでいいわけないって、それだけは分かる。だから、もう少し時間が欲しい」
「…………」
「黒埼とのことを思い出す時間。それに……黒埼との昔のことを受け入れる時間も」
「アキちゃん……」
「だから……これきりにはしたくない」
我儘だけど。これが、今の俺の正直な気持ちなんだよ。そう続けて、晃良は黙った。もうこれ以上、黒埼に伝える言葉がなかった。
黒埼が、晃良の掴んでいた手をそっとほどいた。そのままぎゅっ、と手を握られる。
「言ったじゃん」
「え……?」
「俺は、諦めないって。アキちゃんが思い出すまで。だから、そんなこと言わなくてもいいよ」
「黒埼……」
「それに。アキちゃんはいつか思い出すから。焦らなくていいよ」
それも前言ったじゃん、と言って黒埼が笑った。
「…………」
「まあ、さっきはやっぱりちょっとショックだったけど。アキちゃんからしたらそりゃ引く話だろうし。しょうがないよな」
「……ごめんな」
「だから。謝らなくていいって」
ほら、行こ。そう言って、周りの好奇の目など気にせず、黒埼が晃良の手を握ったままずんずんと出入り口へと向かっていく。
その黒埼の背中を見つめながら、大人しく黒埼の後ろをついていった。心の中で黒埼のその背中に向かって呟く。
ありがとう。
晃良を許してくれた黒埼に感謝する。自分はこの黒埼の優しさを無駄にするわけにはいかない。もっと真剣に、真っ直ぐに、黒埼とも黒埼の過去とも向き合わなければいけない。
その決心を伝えるかのように、繋がった黒埼の左手を強く握った。その手を黒埼が何も言わずに握り返してきた。
さっきのウルウル目のアキちゃん可愛かったし、写真撮ればよかった~、とブツブツ運転席で残念そうに言う黒埼を見て、一抹の不安を抱えながらも、黒埼との関係に少しだけ前向きになった自分を感じて、晃良の気持ちはなんとなく弾んだ。
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