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Just the way it is ②
建物の出入り口に尚人と左右離れて立ったところで、ふうっ、と晃良は憂鬱な気分を吐き出すかのように溜息を漏らした。そう、仕事に関しては特に不平不満はなかったが、ここ最近の晃良は別のところで悩みを抱えていた。
「晃良くん、大丈夫?」
反対方向から尚人が声をかけてきた。無理して笑って答える。
「全然、大丈夫」
「……そう言う割には大丈夫じゃなさそうだけど」
「……そんなことない」
「そう? なんか……あれから元気ないよね」
「あれから?」
「この前の温泉旅行から」
「…………」
「なんかあったの? 黒埼くんと」
「別に……なんもないけど」
「……そういえば、あれから黒埼くんからも音沙汰ないよね」
「…………」
気づかないフリをしていたわけじゃなかった。でも、やっぱりこうしてはっきりと言われるとやっぱりそうだよな、と心になにか重苦しい感情が生まれる。
最後に会った日の、あの橋の上での黒埼の顔を思い出す。晃良の一瞬の迷いと拒絶に傷ついた黒埼の顔。
あの時、晃良は謝った。謝って許されるものでもないと思ったけれど、あのまま、黒埼を傷つけたまま別れたくなかった。
時間が欲しい。そう伝えた。正直言って、かなり戸惑ったのは事実だ。黒埼との少年時代の話を聞いた時。まさか、2人の関係がそこまで親密だとは思っていなかったからだ。
静かで誰とも馴染まなかった黒埼が、唯一心を許したのが晃良だけだったとしたら。黒埼にとって、晃良は記憶をなくした自分が想像もつかないほど特別な存在だったのではないか。それを黒埼から求められても、今の自分が同じように応えられるとは簡単には思えなかった。
だから時間が欲しかった。過去を受け入れて、思い出す時間。例え思い出せなくても、せめて過去の2人のことを理解したかった。
『そんなこと言わなくてもいいよ』
『アキちゃんはいつか思い出すから』
そう言って晃良の我が儘を許してくれた黒埼。あの時、黒埼がぎゅっと手を握り返してきた感触は今でもはっきりと思い出せる。
そう。許してくれたと思っていたけれど。
温泉地で別れ、有栖と一緒にアメリカへと帰国して以来、黒埼から晃良への接触は全くなくなった。いつもだったら、数日も経たない内に電話をかけてくるか、メールを送ってくるか、何かしらコンタクトがあったのに。
そのことが晃良をここ最近ずっともやもやさせていた。
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