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Just the way it is ⑫
ぼうっと外の景色を見ながら、タクシーの中でなんとも惨めな気持ちになる。黒埼のことをうだうだと考えて自己管理を怠ったために体調を崩し、仕事にも集中できず、結果、自分の身を危険に置き、周りに迷惑までかけた。全く自分らしくもない。
そっと目を閉じて後部座席に身を沈める。
『アキちゃん』
脳裏に黒埼の屈託のない笑顔が浮かぶ。浮かんだ途端。晃良の体中をある感情が埋め尽くす。
会いたい。
そう確かに、強く感じた。
なんだよ、もう。
熱で朦朧 とする意識の中、心で呟く。
頑なに否定してきた。絶対にありえないと、あってはならないと自分に言い聞かせて。黒埼との過去を思い出せない後ろめたさもあったし、逆に思い出した時の怖さもあった。時間が欲しいと言って時間を稼いで、本当は自分の気持ちをなんとか誤魔化せる方法を探っていたのもある。
なぜなら、自覚してしまったら、認めてしまったら、自分が苦しむことは分かっていたからだ。だから。どうしても黒埼との関係には一線置きたかった。その線を越えないように慎重に振る舞っていたつもりだし、自分に暗示をかけてもいた。
自分は、黒埼のことなどなんとも思っていない。
なのに。
お客さん、着きましたよ。タクシー運転手に声をかけられて、はっと目を開けた。運賃を支払い、礼を言ってタクシーを降りる。ぐらっと地面が揺れたように感じた。
まるで酔っているかのようなおぼつかない足どりで、荒い息を吐きながら自宅を目指す。
玄関を開けて、廊下を歩き、リビングへと到着する。そこまでははっきりと覚えていたが。
ふっと意識が遠のくような感覚があって、リビングの床にしゃがみ込んだ。そのまま座ってもいられず、床に寝そべるように倒れ込む。
フローリングの床の冷たさが気持ちいい。
頬にその冷たさを感じながら、晃良はゆっくりと目を閉じた。
ふんわりと懐かしい匂いが晃良を優しく包み込む。その匂いに晃良の途切れていた意識が薄らと戻った。
体を動かされている感覚が伝わってくる。一定のリズムで晃良の体が微かに弾んだ。どうやら誰かに抱きかかえられて運ばれているみたいだった。晃良にはその誰かがすぐに分かる。なんで今ここにいるのか、そんなことはどうでも良かった。
自分が求めていた温もりに包まれていることがただ嬉しかった。晃良は軽く微笑むと、その胸に頭を預け、安心して再び眠りについた。
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