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Ready to fight ⑮

 涼が手を付けてなかったアイスミルクを一気に飲んだ。ふうっと、息を吐いてグラスをテーブルにどかっと置いてから、晃良を真っ直ぐに見た。 「晃良くんも、そうだよな」 「ん?」 「晃良くんの過去だってどれだけこだわったって変えられねえし、それはそれで有り続けるじゃん」 「涼……」 「だけど、過去からしたら晃良くんを束縛することもできないだろ。思い出として束縛されてるように見えるけど、でもその思い出だって良い思い出にすんのも悪い思い出にすんのも、できるのは今を生きてる晃良くんだけじゃん」 「…………」 「そう考えると、バカみたいに思えてこねえ? 思い出にこだわって、うじうじしてんの。思い出なんか無視してやればいいじゃん。どんなに強い記憶でも、今の瞬間には勝てねえだろって思うけどな。大事なのは、今の晃良くんがどう過去と向き合って、未来をどう創るかだろ?」 「…………」 「過去なんてどうでもいいって思えるくらい、晃良くんが強くなればいいじゃん」  涼の言うとおりだった。昔の自分を羨んだり、比べて卑屈になったりするのは簡単だ。けれど、それをしたところで何が変わろうか。過去の自分がそれで変わるわけでもない。どれだけその存在を疎ましく思おうと、嫉妬しようと、相変わらず黒埼の中に存在するのだし、それを自分がどうこうできるわけでもないのだ。なのに自分は。昔の自分の存在を意識し過ぎて、大事なことを忘れていた。 「なんかさ、いつもの晃良くんらしくないじゃん」 「涼……」  そう言われてはっきりと自覚する。自分は最初から諦めていた。過去の自分には敵わないと。いつもの自分なら、考える前にまずこの状況をどうにかしようと努力するだろうに。 『俺はどんな形にせよ、いつかあんたを越える』  父親に向かってそう言い切った尚人の横顔を思い出す。  本当に。今日はこの2人に教えられた。  嫉妬なんてしている暇はない。うじうじしするのは自分らしくもない。そんな時間があるのなら、前を向いて、努力する。黒埼の記憶の中にいる『アキ』を越えられるように。自分の今の存在が黒埼の中で『アキ』を上回るように。  それが例え勝算の少ない戦いでも。困難であっても。少しでも可能性があるのなら。いや、可能性があってもなくても。自信なんてなくても。とりあえずやってみる。自分のできることを、もっと素直に。真っ直ぐに。  どちらにせよ。自分は黒埼に惚れてしまったのだし、その時点で自分の性格上どんな状況になろうと何でも許してしまうのだろうし。だったら、もう自分の気持ちを隠したところでなんの得があるわけでもない。 「ありがとう、涼」  涼の目をしっかりと見返して伝える。涼が片方の口角を上げてにやりと笑った。

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