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No matter what ㉚
童貞や処女じゃあるまいし。なんで、こんな気持ちになるのか自分でも分からなかった。さっき黒崎に後ろから抱き締められた時も。これから本当に黒崎と最後まで関係を持つのだと思ったら、妙に動揺してしまい、シャワーに逃げてしまった。上手く隠したつもりだったが、黒崎にはバレバレだったらしい。
こんなに動揺しているのは、おそらくこんなに早い段階でこの状態になるとは予想していなかったからだろう。まさか、今夜、自分の気持ちを全て黒崎に打ち明けて、黒崎からあんな告白を受けるとは思っていなかった。
『今の、このアキちゃんにどうしようもなく惹かれてしまうんだろうなって』
あんな風に言われたら。もう自分は、抵抗することなどできるはずもない。けれど、それと同時に、戸惑いや罪悪感も少しだけある。今の自分を好きだと言ってくれたことは嬉しい。自分が努力しているところを認めてくれたことも。だけど。
『アキちゃんが俺の傍にいてくれるんだったら。もう何も望まない』
そう言われて、素直に喜んでいいのか、少し時間が経って悩むのだ。過去の記憶をなかなか全て思い出せない自分。あんなに辛抱強く待ってくれていた黒崎に対して、幼い黒崎と親密な関係にあった「アキ」に対して生まれた罪悪感。このまま「アキ」を引き離していいのだろうか。自分は思い出せないままでいていいのだろうか。
ふと、頭に優しく手が乗せられた。ソファに座って考えにふけっていた晃良ははっとして顔を上げて、振り返った。黒崎がバスローブ姿で微笑んで立っていた。シャワーを浴びたばかりの、まだ少し湿り気を帯びた空気をまとって。
「どうしたの? アキちゃん。ぼーっとしてたよ」
「ああ……なんでもない」
少しの間、晃良の顔をじっと見下ろしていた黒崎が、顔を近づけてきた。軽くキスを落とされる。チュッと、小さく音を立てて唇が離れた。
「……したくない?」
一瞬、その意味が分からずぽかんとする。いつも自信満々な黒崎の目が不安に揺れていた。夢でよく会う少年の黒崎の切なそうな顔と重なる。晃良は、先ほど自分がくよくよ悩んでいたことを激しく後悔した。
なんて自分はバカなのか。黒崎を不安にさせてまで、何を悩んでいるのか。黒崎が今の自分を選んでくれたのだから、いいのだ。ありのままの自分でいいのだ。「アキ」は関係ない。引き離す必要もないし、意識する必要もない。自分の一部なのだから。記憶を思い出そうと思い出せまいとそれも関係ない。自分は、今までどおり思い出す努力をすればいいだけだ。黒崎と自分のために。
晃良はそっと左手を持ち上げて、黒崎の頬を包んだ。
「凄え、したい」
安堵の色を含んだ黒崎の笑顔が再び近付いてくる。迷うことなく、振り向いたままその唇を受け止める。啄むようにキスをした後、舌を絡ませる。少しずつ感情が昂ぶっていった。
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