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No matter what ㉞
突然、少年の黒崎が笑う姿が目に浮かんだ。途端にフラッシュバックのような感覚が晃良を襲った。
え??
頭の中に瞬時に風景が浮かび上がる。
いつも遊ぶ施設の裏庭。
ヒョウちゃんはどこだろう?
昼食の片付け当番だったので、ヒョウちゃんに先に庭に行ってもらったのだけど。裏庭を出てきょろきょろとヒョウちゃんを探す。
あ、いた。
そう思った瞬間、ヒョウちゃんの隣に人影が見えて、思わず足を止めた。ヒョウちゃんが誰かといるなんて珍しい。ああ、あの子は。最近施設に入ってきた女の子だった。自分たちより2つぐらい年上だったはずだ。ヒョウちゃんに少し恥ずかしそうに笑って話しかけている。その子にヒョウちゃんが笑い返して何か答えていた。その顔を見て、胸が苦しくなるのを感じた。
なんでだろう? なんで、胸が苦しいんだろう。
ヒョウちゃんだって。他に友達がいたっていいんだ。むしろそれは、自分が望んできたことじゃないか。もっとヒョウちゃんが他の子たちにも心を開いてくれたら。もっともっと笑顔になってくれたら。
なのに。なんでこんなに胸がチリチリするんだろう。
そこから動けずにただその2人を眺めていた。ふと、ヒョウちゃんがこちらに気が付いた。自分を見て嬉しそうに笑う顔。どきり、と心臓が大きな音を立てたのが分かった。それから体が熱くなって、ドキドキドキドキ、心臓の音が自分の体中をぐるぐる回った。
ずっとヒョウちゃんといたい。ヒョウちゃんにずっと笑いかけていてほしい。自分だけに。
はっきりとそう思った。
「アキちゃん?」
黒崎に呼ばれて見上げると、目の前に黒崎の顔があった。まだ繋がった状態のまま、抱き合っていた。
「どうしたの? 痛かった?」
「……違う」
はっきりと思い出した。あれは、「アキ」が黒崎を初めて「好き」だと自覚した時だ。友達としてではなく。恋愛対象として。
ふふっと笑い声が漏れた。なんだかおかしかった。やっぱり「アキ」は自分なんだなと思った。自分と同じように嫉妬もするし、それに。
じっと黒崎の顔を見つめる。怪訝 な顔をしてこちらを見下ろしている綺麗な顔。
黒崎が自分に言ってくれたのと同じように。出会ってしまえば。どうしたって黒崎に惚れてしまうのだろう。
手を伸ばして黒崎の髪に触れた。さらさらの黒髪の感触を感じながら、優しく撫でる。
「黒崎……」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
「何?」
「……この休暇の間、俺だけ見ててくれるか?」
黒崎の中から「アキ」を消すことはできない。そんなことは分かっているし、望んでもいない。だから。この2人きりの時間だけは。「アキ」ではなく。「アキちゃん」としての自分を、自分だけを見てほしい。
黒崎がキョトンとした顔で晃良を見つめ返した。が、やがてゆっくりと口角を上げて得意げに笑った。
「そんなの、簡単じゃん」
なんなら。そう言って黒崎が顔をゆっくりと下ろしてきた。耳元で囁 くように続ける。
「一生でもいいよ」
その、プロポーズのような黒崎の言葉に、晃良はふふっと笑う。
黒崎と過ごす1週間。きっと忘れられない1週間となるだろう。
楽しみだな。
黒崎の首に再び腕を回す。数秒見つめ合った後、自ら黒崎のそのふっくらとした唇に押しつけて、休暇の幕開けとなる最初のキスをした。
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