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This is the moment ⑩
セットのドリンクを味わっていると、黒崎がトイレに行くため席を立った。その直後、店長が挨拶に現れた。
「お食事はいかがでしたでしょうか?」
「今日もめちゃくちゃ美味かったです」
「ありがとうございます」
黒崎がその場にいなことに気づいた店長が、少し声を潜めて晃良へと尋ねてきた。
「あの……乾様。私から持ち出すことではないと重々承知しておりますが……。この間の、あの……黒崎様のお連れ様の件、大丈夫だったでしょうか? あれから、余計なことを申したのではないかと気になっておりまして……」
「……ああ、あのことですか?」
それは、1月に尚人たちとここへ来た際、店長の口から、黒崎が以前、毎回のように別の相手を連れて来店していたことを聞いた件だった。その時は、晃良のストーカーだった間にも他と関係を持っていたのだと少なからずショックを受けた。とはいえお互い随分な大人だし、晃良と付き合っていたわけでもないし、自分が何かもの申すことでもないと胸の奥にモヤモヤを仕舞ったままにしていた。
それに。何よりもショックだったのは、その事実ではなく、黒崎が晃良には嘘をついて誤魔化していたことだった。
「いえ、あのことはもうすっかり忘れていたくらいですから。気にしないでください」
「そうですか……。そう仰っていただけて安心いたしました。あの時は本当に出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って深く頭を下げる店員を、慌てて止める。
「本当に大丈夫ですから」
そこへ、黒崎が戻ってきた。店長はさりげなく体を起こすと、黒崎にも挨拶をして個室を出ていた。
「行く?」
黒崎が軽く笑ってこちらを見た。
「ん」
レストランを出て、天気もいいのでそのままドライブすることになった。いつものように、彼氏が運転するものだと主張する黒崎に抵抗もせずさっさと運転席を譲ると、助手席に乗り込んだ。どこに行こうかとそこでも迷い、遠出をする気にはなれなかったので、お台場へと車を走らせた。そこならば店舗も多いのでぶらぶらと時間を潰すこともできる。
お台場へ向かう車の中。妙に黒崎が静かだった。何か考えごとをしているような感じだった。どうしたのだろうと不審に思ったが、問えるような雰囲気でもなかったので、黙ったまま車からの景色を眺めていた。
「アキちゃん」
すると、突然、黒崎が口を開いた。
「ん?」
「……ごめん」
「は? 何が?」
「アキちゃんに、過去のこと誤魔化してて」
「……聞いてたのか?」
「聞いてたっていうか、聞こえた。トイレから帰ってきたら」
「……なんで隠してたわけ?」
「隠してたわけじゃないんだけど。あんまり言いたくなかったから」
「なんで?」
「アキちゃんに引かれたくないから」
「……どういうこと?」
そこで再び沈黙が生まれた。黒崎は、説明しようかどうか迷っているようだった。
「黒崎。話せよ。引かないから」
場合によるけど。
という心の声は仕舞っておいた。
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