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This is the moment ⑮

「はい、乾です」 『あ、アキちゃん?』 「え?」 『私ですけど。この前会った、ほら、老人ホームで』 「あっ、先生?」 『うん、そう』  電話の相手は、晃良と黒崎が幼少期に一緒に過ごした養護施設にいた職員の女性だった。去年、黒崎と施設があった場所を訪れた際に、跡地に建てられた老人ホームでその女性が働いていたため再会できたのだった(黒崎は車で待っていたので晃良だけが会えた)。その時、黒崎と晃良の幼い頃の関係も明らかになった。また何かあったらということで、晃良の連絡先を置いてきたのだが、どうやらその番号にかけてきてくれたらしい。 「どうしたんですか?」 『うん、あのね。実は私、引っ越しすることになったんだけど。あ、そうは言っても、家が古くなったから改築のための引っ越しなんだけどね。それで荷物整理してたら、養護施設の時の写真が何枚か出てきて。そこに、アキちゃんと氷雅くんの写真があったの』 「写真?」 『そう。よく撮れてていい写真なの。アキちゃん、施設の頃の写真とかあんまり持っていないんじゃないかなと思って。良かったら送ろうかと思って連絡したんだけど』  確かに、晃良の元には施設の時の写真は1枚もない。撮ったことはあったと思うが、貰った覚えがなかった。別の施設での写真は数枚ある。両親の遺品から赤ん坊の時の写真も何枚か受け取っていた。しかし、黒崎と過ごしたあの施設での写真は、言われてみれば全く手元に残っていなかった。 「ぜひいただけますか?」 『うん。そしたら送るわね』 「あ、ちょっと、このまま待ってもらえますか?」  晃良は一旦、耳から携帯を離して、黒崎を見た。ん? という顔をする黒崎に事情を説明する。 「写真?」 「ん。黒崎との写真が残ってるみたいなんだけど。送ってくれるって言ってくれてるんだけど、明日、直接取りに行けないかと思って」 「施設に?」 「うん。もう一度ゆっくり辺りを見たいなと思って。最近いろいろ思い出してきたから、あそこに行ったらもっとなんか思い出せるかもしれないし」 「そうかもな」 「黒崎が良かったら、だけど」  せっかくの2人の休日に自分の都合を押しつけたくはない。そう思い、黒崎に判断を任せる。黒崎が軽く口角を上げて笑った。 「いいよ。行こ」 「ほんとに?」 「ん」  再び携帯を耳にあて、明日、直接取りに行く旨を伝えた。電話を済ませると、間髪入れずに黒崎が後ろから抱き付いてきた。 「アキちゃん、続き」 「いいけど。ちょっと、一言言わせて」 「何?」  黒崎が、また何か文句を言われるのだろうか? という警戒した顔をして晃良を抱き締めたまま肩越しに晃良を見た。その黒崎の唇に軽く自分の唇を押しつける。驚いた顔の黒崎と目が合った。 「ありがとう」  黒崎は。我儘で、嫉妬深くて、変態で、しょーもないところも多いけれど。その一方で、どこか芯があって、人の気持ちを測れる繊細な部分もあって。晃良が本当にそうしたいと思ったことは、さりげなく受け入れてくれる。そんな優しさがある。  それを知ってしまったから。幼い晃良も、今の晃良も。  黒崎 氷雅という人間に惚れてしまったのだろう。もう後戻りなどできないほど。 「……アキちゃん」 「ん?」 「可愛い過ぎる」 「え? おわっ」  再び、ソファに押し倒された。  なにこれ? デジャブ??  さっきと全く同じような体勢とシチュエーションに戻った。でも今度は。最初から止める気もない。  黒崎の熱のこもった愛撫に意識を移しながら、ふふっと小さく笑って、黒崎の首に両手を絡ませる。ゆっくりと黒崎の匂いを吸い込んだ。  この時の2人は最高に幸せだった。この先に起きることなどもちろん予想もしていなかった。もし知っていたら。晃良は、黒崎と共に施設に行くことはきっとなかっただろう。

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