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This is the moment ㉖

 突然。シュッと乾いた音が聞こえ、首にかかっていた重圧がなくなった。はっと目を開くと、目の前に、同じように驚いたような顔で目を見開いている男がいた。晃良は急に自由になった呼吸に(あえ)ぐように息を吸い込んだ。男の肩越しに、黒崎が立っているのが見える。無表情な顔で銃口をこちらに向けていた。ゆっくりと目の前の男がずり落ちていった。  晃良は咳き込みながら川へと落ちかけていた上半身を起こそうと、両手で欄干を掴み、力を込めた。 「アキちゃん!」  黒崎が早足に晃良の元へと寄ってきたところで。 「あっ」  晃良のジャケットのポケットに入れてあった、写真がするりと落ちた。幼い晃良と黒崎が笑い合っているあの写真。晃良は失くすまいと咄嗟(とっさ)に右手を伸ばした。が、数センチ足りずに写真はひらひらと濁流の中へと落ちていく。それを追うように晃良の体がバランスを崩した。素早く左手で欄干を掴んだが、雨上がりのまだ濡れた手すりは無情にも晃良の左手をしっかりと受け止めてはくれなかった。するりと左手が手すりの上を滑る。  あ、落ちる。  そう思った時には、もう自分の体が欄干から川の中へと落ちていくのを感じていた。ばちゃん、というよりは、どっというような鈍い音に包まれながら一気に水の膜が自分の体を覆う感覚がした。 「アキちゃんっ」  黒崎の声が自分を呼んだ。しかし、それに応える術も余裕もなかった。  ぶくぶくとうるさいぐらいの泡が生まれては消えていく。狭い視界の先に、写真が見えた。必死で手を伸ばして掴む。そのまま体勢を立て直そうとするのだが、川の流れが思ったよりも速かった。うまく体をコントロールできないまま流されていく。  それでも、なんとか川岸へと辿り着こうともがいていると。視線の先に大きな岩が見えた。あ、ヤバい。と思った時には遅すぎた。勢いよくその岩へと突っ込んでいく。がっと鈍い音が頭の中に響いた。後頭部に激痛が走る。  頭を打ったのだな、と自覚したところで晃良の意識はふっと途絶えて真っ暗となった。

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